Desire



 清々しい秋の陽射しが柔らかな大地に降り注ぐ。地面からは立ち昇る生命の匂いが強く感じられ た。そこは広々として爽やかな緑の中。吹き渡る風が汚れた心までも浄化してくれそうな大自然。ド ロドロとした欲望などとは一切無縁そうに見える場所。そんな中で、マヤは体を低く構え、腰を高く上 げ、左右に振るようにしている。離れたところにはちらほらと人の姿。だがマヤはそんなことなど一切 気にならないようだった。恐らく、自分の高くかかげた下半身を真澄の背が隠してくれているのだな どと言うことにも、気づいていないに違いない。
 なかなか扇情的だな。真澄は唇の端を上げ、そんなマヤを黙って見つめていた。当のマヤ本人 は、真澄の浮かべる表情に気づくことなく懸命に行為にふけっている。額にうっすらと浮かぶ汗は高 く輝く陽光を弾き返しきらきらと煌めいて真澄の思惑ありげな瞳を射抜く。はぁはぁと荒い息で身をよ じるマヤは、焦っているのだろうか。望むものが早く欲しくて我慢できないのだろう。その姿からは貪 欲なまでの強い欲求が感じ取れた。

「そんなに欲しいのか?」
 意地悪く真澄が尋ねる。思いがけないその問いに、マヤは秋の夕日のように真っ赤な顔で彼を振 り仰いだ。捻じ曲げられた細い首筋にも遠慮なく汗が光っている。濡れ濡れと瞳をうるませて真澄の 目を見つめるとコクンと小さくうなずくマヤは苦しげにさえ聞こえる、熱を帯びた声で答えた。
「欲しいの・・・。お願い、速水さん。早く・・・」
 真澄は手の中の赤紫に膨れ上がったものに視線を移した。それはごつごつと固く、しかもはちきれ んばかりに太くなっている。真澄の目からも、それはとても立派に見えた。いい状態だ。なるほどこれ ならマヤが欲しがるのも無理はないかもしれない。そんなことを思いつつ彼女を見れば、すっかり魅 入ったように真澄と同じものを見つめ、もう視線を外せなくなっているようだった。しかしそれにして も・・・。
「きみがそんなに好きだとは知らなかったな。しかも外で、わざわざそんな格好までして・・・」
 決して意地悪で言うのではない。何しろ結婚して間もない新妻なのだ。きっと自分の知らないマヤ が他にもたくさんいるのだろう。何もかもを知りたくての素朴な問いかけに過ぎなかった。
「そんな風に言わないで下さい。速水さんの意地悪・・・」
 だが答えるマヤの方ではそうは受け取っていないようだった。相変わらずのイヤミ虫とでも思ってい るのだろう。だから一応反論はする。だがそれ以上言い争うつもりは、マヤにはなかった。何しろ今 は己の欲求の方が切迫しているのだ。
「ほぅ・・・。まぁいいだろう」
 真澄の方でも人がいるこんな場所でこれ以上追求するつもりはなかった。時間はいくらでもある。 長い時間をかけて、知らないマヤを探し続けていくのもまた一興というものだ。マヤとの幸せが手に 入らなかった頃の自分を思えば、この余裕の思考に真澄はクスリと笑った。欲しいものを手に入れる ということはこういうことなのか。それならば、マヤの要求も叶えてやるとするか。
「ここに入ればいいのか?欲しかったんだろう?これが・・・」
 真澄が腰を落として大地に近づく。その顔を、命の匂いが叩くように襲ってくる。手には勿論、あの 太いものを持ったままだ。
「あぁ、こんなに太くて・・・。おいしそう・・・」
 マヤの視線はじっと真澄の手元に注がれたままだった。目が離せないのはその立派な形のせい なのか。もしかしたら、俺じゃなくても誰でもよかったんじゃないのか?ふと自分でも愚かなと思える 疑惑が頭を過ぎる。そんな思いを打ち消すように、真澄は殊更おどけてマヤに話しかけた。
「おいおい、いくら好きでも今食べないでくれよ。それにしても本当に好きなんだな、これが」
 こんなに切迫しているのに、真澄は何をもたついているのかマヤにはさっぱりわからない。さっきか ら何度も早く早くとおねだりしていると言うのに・・・。マヤの言葉には知らず、懇願の響きをが強くに じんでいた。
「意地悪しないで早く入れてください」
 必死の訴え。だがそれを聞いた真澄の美しい瞳は芝居がかって大仰に見開かれる。マヤの心無 い言葉に心底驚いた様をアピールしているのだ。天下の名女優、今やこの世でただ一人の紅天女 に対して臆することなく演技するとは、まったくもってふてぶてしい男ではないか。
「意地悪とは心外だな。大都芸能の速水真澄ともあろう男が、新妻のためにこんなところでこんなこ とまでしていると言うのに。わかったわかった。今入れてやるよ、ホラ・・・」
 呆れたようにそう言うと、ずっしりと重量感のあるそれを、マヤの望みどおりに入れてやろうと、ずい と入り口にあてがう。だがそこは思った以上にきつくなかなか奥へと入っていかなかった。真澄の方 でも思わぬ事態に焦り始め、今はもう、「入れる」と言うよりもむしろ「こじ入れる」と言った方が正しい 状況にまでなっていた。ぐいぐいと乱暴に押し込んでいく真澄。マヤは震えるほどの喜びを感じてい た。
「なかなか入らないな・・・」
 思わぬ抵抗を受けながらも、なんとかマヤの望みを叶えてやろうと力を込め続ける。
「いやん、そんなに乱暴にしないで・・・。傷がついちゃう・・・」
 マヤの瞳は相変わらず潤んでおり、顔も首筋も、露出し手いる部分は全て上気しているままだ。蒸 発してしまいそうなその熱を、爽やかに吹く秋の風が冷ましてくれている。だが勿論今のマヤにはそ のことに気づく余裕もなかった。
「きついんだ、仕方ないだろう」
 半ばまで入ったものが抵抗の強さに押し出されてしまった。真澄は腹立ち紛れにこれまでにない ほどの強さでぐぐっ、と押し込んでいった。その時突然、マヤの態度が変わった。焦り始めたのだ。 先ほどから確かに焦ってはいたが、今の焦り方はこれまでの焦りとは比べ物にならない。どこかし ら、一点を見つめてそわそわし出した。何かが、きているのか?
「あぁ、早く、速水さん。早くして、もういきそう・・・!」
 そう言われても真澄の手にはまだ半分以上が残っており、なかなか全部は入らないようだった。こ のままではすぐに抜けてしまうだろう。
「待たないか。まだしっかりと入っていない」
 だがマヤの方では最早真澄の声はきこえていないようだった。ただ必死に懇願し続けるだけで、自 分のいる場所や周囲の状況なども、一切耳目に入っていない様子だ。
「あぁ。お願い、速水さん。早く入れて!もっとしっかり!あぁ、いっちゃう、いっちゃう・・・!
あぁ〜〜〜っっっ...!!!」
 マヤの愛らしいソプラノは遠慮もなくクレッシェンドしていき、遂にはフォルティッシッシモにまで上り 詰めたかと思うとそこでぷつりと絶句してしまった。
「マヤ、静かにしろ」
 慌てて真澄が叱責するも、勿論その声はマヤの耳には入ってはいない。
「あ〜あ、いっちゃったぁ・・・」
 興奮が落ち着いたのか一挙に脱力するとぺたんと大地に腰を下ろし、恨めしそうに真澄の目を見 上げる。
「すまない。だがあまりにきつくて入らなかったんだ」
 責める目つきで見つめられ、理由もなしに真澄は謝ってしまった。だがよく考えるとこれは俺のせい なのか?真澄が冷静さを取り戻しかけているところにマヤが畳み掛けるようにして真澄を詰った。
「もう、速水さんの根性なし!」
 そこまで言われてさすがの真澄も黙ってはいられない。それに先ほどついうっかり謝ってしまった 悔しさもむくむくとわいてきた。
「根性なしだと?大体、こんなに入っていたらもう入るはずがないじゃないか」
 真澄の指し示す物。それは通路になっている地面に置かれたカゴであり、そのカゴには採れたて のさつまいもがどうやって入れたのか、一切の無駄なスペースなしにカゴにぎっしりと詰め込まれて いた。これも食欲の成せる業なのか。
「だってー」
「だってじゃない。大きな声を出して・・・。トラックが行ったぐらいで大騒ぎしすぎだ」
 ぷぅっと頬を膨らませ、さも自分は悪くないと言わんばかりのマヤを諌めると真澄は、芋に傷がつく ことなど気にせずに、力任せにカゴに突っ込んだ。
「でも、あのトラックが最後の便だったんですよ?石焼芋にしてもらおうと思ってたのにぃ」
 それならばなぜ、もっと早くに畑を引き上げなかったんだ?一本でも多く、と食い意地を張っていた から間に合わなかったんじゃないのか?真澄は決して声に出してはいけない言葉をぐぅっと飲み込 んだ。ここでそんなことを言えば、またいつもの如く痴話げんかが始まるだろう。誰が見ていようとも お構いなしに罵りあうのも気持ちがいいが、マヤは大都芸能の看板女優であり、日本を代表する舞 台女優なのだ。それどころか海外のメディアからも「東洋の至宝」、「日本の神秘」とまで評されてい る。地味な外見から女優とは思われなかった以前とは違い、大都芸能の下あちこちに露出している マヤは、今や日本国民なら誰もが顔を知っている超有名人なのである。あまりおかしなことをされて は、女優「北島マヤ」の、さらには「大都芸能」の、ひいてはその社長であり夫でもある「速水真澄」 の体面にも関わるではないか。事を荒立てるのは得策ではない。真澄は耐えた。渾身の力で耐え て見せた。
 一方マヤは、なおも恨めしそうに畑の入り口に立てられた看板を見ている。そこには石焼芋にする ためのトラック便の時間が書かれているのだ。そんなマヤを諦め顔で見つめると、なぜこんなことに なったのか、その経緯を頭の中で振り返る真澄だった。


 あれは10日も前だったろうか。マヤが息を切らして稽古からマンションに帰ってきたのは。一言彼 の名を呼ぶなり、弾んだ息そのままに真澄の部屋に飛び込んできた。何かよほど嬉しいことでもあっ たに違いない。だが何事かと真澄が尋ねるより先に、マヤの方から話し始めた。一分一秒でも待て ないようだった。
「聞いて!速水さん!!」
 興奮しすぎで、前後の順序などが多少乱れていたが真澄の理解した話はおおよそ次のようなもの だった。
 紅天女に出演している女優の一人がとある農園の娘であり、彼女の農園ではさつまいもを育て、 芋ほりをさせてくれるのだと言う。そこまでならよくある話だが、その農園では一味違うサービスを実 施していた。日に4便だけトラックを出し、芋を掘った人はそのトラックに芋と一緒に積まれて行って、 畑からかなり離れた農家の庭先で、自分たちの掘った採れたての芋を石焼芋にしてもらい、そので きたての焼き芋を無料で食べられると言うものだった。そのサービスが大変に好評でなかなか予約 も取れないらしいのだが、マヤは仲間と言うことで多少の無理は利くらしい。どうしても行きたいとお ねだりするマヤを可愛いと思いながらも、真澄は少し驚いていた。結婚したばかりとは言え、マヤが そんなにも焼き芋が好きだったとは知らなかったからだ。まだまだ自分の知らないマヤがいる。その ことがなんだかくすぐったい真澄だった。

 こうして明らかに今の自分には似合わない芋畑に、渋々マヤのお供でついてきたのだ。着慣れた スーツではなく、ブランド物とは言え水城に見立ててもらったジーンズにトレーナー、スニーカーと言う ラフな格好までして、どうにも自分には似合っていないのではないかと気恥ずかしい思いを忍んでま で来たと言うのにこの言われよう。真澄はあまりにも報われない思いだった。だがしかし、このまま マヤをむくれたままにしておくわけにもいかない。なんとかマヤの気を紛らわせるものがないかと辺り を見回した真澄の目に、あるものが見えてきた。
「マヤ。そのトラックはあれじゃないのか?」
 指差す先には、大きな農家の傍らに、確かにトラックが一台、小さく見えている。
「そんなに焼き芋が食べたいのならあそこまで走って行けばいいじゃないか。きっとまだ間に合うさ」
 こんな風にからかえばマヤの怒りの火に油を注ぐことになるのがわかっているのにやめられない。 全く俺と言う男は罪な男だ。自嘲の笑みを浮かべた真澄を尻目にマヤは吹っ切れたような表情で彼 の顔も見ずに答えた。
「そうですね。じゃぁちょっと行ってきます!」
 そう言うと、地面に置かれた、ぎっしりとさつまいもの詰まった重たいカゴを抱えるとすっくと立ち
上がり、すっ飛んで行ってしまった。その走るスピードの速いこと。「風を切る」と言う表現がぴったり だった。残された真澄はあまりに思いがけない展開に所在無く立ち尽くし、呆然と心の中で呟く。
“冗談だったのに・・・・・”
 そもそもあんなにトラックが小さく見えるのだ。普通の人間なら走って行こうなどとは思わないだろ う。だが、舞台女優として厳しい稽古に耐え、激しいレッスンをこなすマヤにはどうということもないの かもしれない。それとも、遠ければ遠いほど小さく見える遠近法と言うものをマヤは知らないの か・・・?兎に角、できたての焼き芋を食べたいと言う欲望には勝てなかったらしい。新婚の夫を、た だ一人さつまいも畑に置き去りにして走るマヤは、真澄の見ている前でどんどん小さくなり、とうとう 目的地の農家に到着してしまった。全く持って信じられん。俺はひょっとしたらとんでもない女と結婚 したのじゃぁないだろうか・・・?軽く、「絶望」と言う言葉が真澄の頭をかすめた。いや、今のは気が つかなかったことにしよう。頭に沸き起こる不吉な考えを払いのけるように再びマヤを見やる。ただで さえ小さいマヤは、その距離のせいで本当に小さくしか見えない。その小さなマヤが遠くでぴょん
ぴょんと飛び跳ね、両手を大きく振っているのが見えた。
「速水さぁ〜〜〜ん!!間に合いましたよぉ〜〜〜っ!!!」
 なんと言うことだ・・・。女優として鍛えた上げた腹筋と肺活量を駆使し、辺りに轟き渡る大音声で真 澄に呼びかけてくるではないか。あんなに遠くから・・・。周囲の人が真澄をチラチラと盗み見ては忍 び笑いをもらしとぃる。俳優にもいないほどの美しい男。何もせず、ただ立っているだけでも見惚れる ほどさまになる男が、選りにも選ってさつまいもの芋づるが累々と繋がっている緑の畑にポツンと
立っているのだ。そのギャップの激しさにただでさえ可笑しいと言うのに、その上大声で呼ばわれて いては、注目するなと言う方が無理だろう。真澄は心底恥ずかしかった。マヤ、頼む。少しは俺の立 場や気持ちも考えてくれ。今はもう、焼き芋のことしか頭にないであろう愛妻を恨めしく思う真澄。穴 があったら入りたいとは正にこのことだろう。好奇の視線に耐え切れずに頭を垂れ、ふと地面を見る と、そこにはマヤが開けたであろう無数の、芋を掘り出したあとの穴があり、それらの穴が控えめに 真澄に語りかけていた。
“よろしければどうぞ”、と・・・。




<Fin>




硝子様コメント

えーと、「野外」物の「アレ」です。
 くるみんさんともどもお世話になっている「ガラスの楽園」様にて投稿した某作品が「野外」物の第 一作なのですが、その時に、盛り込みたくて盛り込めなかったセリフがありまして、それを是非盛り 込みたいと思っていたのですが・・・。
 ダメでした・・・。サラっとは入れてみたのですが、納得がいきません。どうにもうまくいきませんでし た。また何か他のシチュを考えてどうにか納得のいく形にしたいです。でも無理かもです(って、毎度 言っていますが)。

 つまらない話ですが、私は実は「アレもの」の中でもネタバレ(?)の後の文章が一番好きです。ど の作品でもそうです。そこだけ読んでみると結構甘くできていると思うのですが、いかがでしょう?

 最後になりましたが、このような作品を快く受け取って下さったくるみんさんに心よりの感謝を申し 上げます(って言うか、本当にいいんですか?コレ。貴サイトの雰囲気をぶち壊しませんか?)。あり がとうございました。
 また、最後までお付き合い下さいました皆様にも心より感謝申し上げます。ありがとうございまし た。


 この作品に関わってくださった皆様へ、いつも感謝を込めて   硝子より



管理人コメント

「野外」の「アレ」出来上がりを楽しみに待っておりました。
雰囲気をぶち壊し、なんてトンデモございません。
だいたい硝子さんが肯定されるか否定されるかはともかく、私はコレをあなたの十八番と言って
憚りませんので。

美しくきめ細かい描写で書かれる、暖かみのあるストーリー。
そして淫靡な世界を醸しだし、読む者を惑わせるストーリー。
この2作品を読まないことには硝子さんのお話を読んだことにはなりません!!
(また断言しちゃったよ・・)

なにしろ「アレもの」は1粒で3度美味しいですから。
まず読者は妖艶な出だしに息を呑み、種明かしに足元を掬われ、もう一度読み直してストーリーの 巧妙さに彷彿とする。
そして硝子さんの作品傾向を知っている方は、さらに「推理をする」という楽しみもあるわけです。
3度どころか4度も美味しい!!
そんな作品を頂く機会を逃すわけがありません!

そして今回の一番のヒットは「”よろしければどうぞ”」ではないでしょうか。
もう、モロにカウンターパンチを食らった気分です。
インパクト強すぎーーっ!!!
素晴らしいエンディングですっ(*>▽<*)


あ、それから・・今回納得がいかないとおっしゃるセリフ、別のシチュでイケるようでしたら、そのとき は是非是非ご連絡くださいませ。(←ちゃっかり)


サイトオープンのお祝いにと2作品も頂いて、本当にありがとうございました。
おかげで素晴らしいスタートを迎えることができました(*^▽^*)
これからもよろしくお願いいたします!