forever








彼方で小鳥のさえずりが聞こえる。カーテンの隙間から瞼越しに朝の日差しを感じた。
心地よい眠りから目覚めると、昨日の夜俺の腕の中で眠りに就いたマヤの姿は既に
なかった。
上体を起こし、木製のローボードチェストの上に置かれた時計に目を向けると7時を少し
過ぎていた。もうマヤは起きたのだろうか? 

まだ昨日の余韻を感じていたい。もう少しだけマヤの肌のぬくもりに触れていたかった。
朝から軽い欲望が潜んでいただけに、どこか冴えない自分に苦笑する。自然と軽い溜息が 漏れた・・・。                                               そんな気持ちを振り払うかのように、新鮮な朝の空気を吸うため窓際に歩いて行った。
厚手のブルーのカーテンを開けると、レースのカーテン越しから陽光が眩しい。昨日の夜、 伊豆の別荘に着いたときには、ひどく雨が降っていた。だが今日はどうやら晴天のようだ。
なんだかマヤの無邪気に喜ぶ姿が浮かぶ。                          
6月になるといよいよ梅雨入りの時期。その前にお互いのスケジュール調整をして、5月中 にここに来れてよかったのかもしれない。

窓を開けると、一羽の小鳥がベランダの柵にとまっていた。雲雀だ。たしか以前、マヤが
亜弓くんの「ジュリエット」を演じたことがあったな・・・。マヤは、亜弓くんの前で演じたことが 恥ずかしく、ぶざまな自分の姿が情けなくて泣いていた。あの頃がとても懐かしく思える。
雲雀のさえずりが海風に乗って、ピーチュル、ピーチュルルル・・・と涼やかに響き渡る。
そして真澄が近づくと、直ぐに大空をさえずりながら飛び立っていく。

――雲雀、美しく涼やかな声で歌い 自由を求めて空高く飛び上がる・・・

雲雀が飛び立っていた海の方に視線を移すと、砂浜を散歩しているマヤの姿が見えた。
空から太陽の光を受けてきらきらと輝く海。「朝、晴れていたら浜辺を散歩したい・・・」と
言っていたが、ひとりで先に起きていったのか?そう思うと、置いていかれたことにどこか
くやしさが残り、すぐさまいそいで着替えをすます。そして別荘の階段を降り、浜辺へと
足は向かった。空は澄みきって、海の彼方に浮かぶ白い雲。それは、白い鳥の羽を連想
させるような高積雲だった。

どうやらまだ俺が来たことに、気がついていないらしい。真澄は静かにそっと近づく。
マヤ・・・と声をかけようとしたとき、海を眺めているマヤの白い帽子がふわりと風に飛ばさ れ、真澄の足元に落ちてきた。
飛ばされた帽子を追うかのように、マヤが後ろをゆっくり振り返り、帽子を拾う真澄と視線が 会う。
ラベンダー色のワンピースが華奢な体を優しく包む。輝く太陽のべールに覆われた、白く
透き通る肌と長い艶やかな黒髪。細い首を傾け、片手で髪をかき上げる。きらきらとした
宝石のような瞳で見つめられた瞬間・・・。


――俺は、また恋におちた。

恋に溺れる、息もできないくらいマヤに溺れていく・・・。会うたびにますます想いが深く、
激しくなっていくようだ。それは、偽りのない本心。ふと一瞬頭の片隅に朝の雲雀の姿が
思い浮かぶ。あの雲雀がマヤだったら、鳥籠の中に入れて俺から離れないように側に
置いておけるのに・・・。このまま永久的にずっと。だがどうしてそんな事を思いついたの
だろうか?
なかなか容易には消えない想像に、少々呆れてくる。でも今の俺の心の奥に潜んでいる、 正直な本音なのかもしれない・・・。ひどく卑劣で身勝手な。

――雲雀のように。
いつか彼女が自由を求めて、大空に飛びたってしまったら、俺はどうなるのだろうか?
だんだんと暗く深い奈落の底に堕ちて行くような錯覚。まるで海に沈んだ子供の頃の記憶 が鮮明によみがえってくるようだ。

真澄が帽子を拾ったまま呆然と立ちすくんでいると、マヤが心配そうに近寄ってきた。
「速水さん」と呼ぶ声で、ゆっくりと真澄の中に意識が戻ってくる。長い空白のように思えた が、実際には数分ぐらいしか経っていないようだ。体のなかから湧いてきた熱い想い・・・。 マヤを絶対離したくない、細い手首をつかみ強く抱き締めた。突然強く抱き締められたことで 戸惑い、驚くマヤと視線が重なる。やがて真澄の広い背中に腕をまきつけ、どちらとなく
そっと瞼を閉じた。

優しく触れるだけのキスから、角度を変えお互いを求めるよう舌をからませる。息もできない くらい濃密なキス。まもなくマヤから、苦しそうな小さな喘ぎが漏れた。 
「少し痛いわ・・・。」
「俺より先に起きた罰だ・・・。」
おかしそうにクスッと笑うマヤがかわいくて小さな鼻を軽くをつまむ。


ふたりで手をつないで歩く浜辺。静寂した朝の海は穏やかで、波の音だけが浜辺に響き
渡っていた。やはり晴れているせいか海と空の青が鮮烈で、自然の美しさにおもわず息を のむほどだ。マヤと過ごす至福の時間・・・。日頃のあわただしい生活からかけ離れた、
別世界のように思えてくる。


「お昼は、速水さんが絶賛していたパスタのお店に連れて行ってくれるのでしょう!?」
「そうだな、チビちゃんが大好きなケーキもなかなかおいしいぞ」
「本当に!!どのケーキを食べようか、迷っちゃうなー。あ、速水さん、チビちゃんとは呼ばな い約束だったでしょう!!」
「そうだったな、それは悪かった。」
まるで勝ち誇ったようにいうマヤが可愛く思え、背中を屈めて軽く額にキスをする。

握りしめた小さな手は温かく、このぬくもりから幸せが実感できる。マヤに出会い苦しくて
切ない愛の弱さと、幸せに満ち足りた愛される喜びをはじめて知った。長い間憧れ続け、
一生かなわないと思っていた幻のような俺の夢・・・。でも何処か紫のバラを送り続ける
ことで、密やかに夢を見ていたかったのかもしれない。輝く宝石のようなマヤ。それだけに
ようやく手に入れた、この宝石を生涯大切に守っていきたい。また同時に、いまの幸せが
このまま永遠に続くようにただ願う。心からの渇望として・・・。

――それはふたりの間に、これからも続く未来があると信じているから。

かつて黒い闇につつまれた世界で生きていたなかでは、人の世に永遠など在りはしない・・ とあの頃の俺は思っていた。だが無垢なマヤが放つ光輝くオーラが、俺の心を果実のように 潤い、闇を眩しいほど照らしてくれた。その光に導かれて、ようやくそこから抜け出すことが できたのかもしれない。

静かに打ち寄せる海の波。白く泡立つ波に心の迷いが浄化されてくる。波の音を聞いて
いるうちに自然と気持ちが和らぎ、落ち着く。また海からの心地良いそよ風が、迷っている 俺の背中をそっと押してくれるようだ。真澄は青い空を仰ぎ、マヤに気付かれないように
そっと軽く深呼吸をした。

大粒のダイヤと誕生石のアメジストを散りばめたエンゲージリング。
ズボンのポケットに、前もって入れておいた指輪をそっと取り出す。髪をなびかせ海を眩しそ うに眺めている、マヤの左手を自分の方に引き寄せた。見上げた瞳を優しく見つめながら、 左手の薬指にゆっくりと指輪をはめた。

「君を愛している。俺と結婚してほしい・・・。」
真澄からの思いがけないプロポーズに、マヤは一瞬戸惑った表情を浮かべ、スカートを
握りしめたまま黙っている。まだ早かったのだろうか・・・。少しずつでもいいから、ふたりの
これからのことを考えてくれればいい。マヤの静かすぎる態度と沈黙に、だんだんと不安に なってくる。
「わ、わたし・・・」
ようやくマヤの肩がぴくりと動いて、真澄の目を真直ぐ見つめながら呟く。真澄も息を潜め て、ただマヤの続きの言葉を待った。
「わたしお料理も上手ではないし、パーティーとかも苦手なの。それにお芝居をすることぐら いしかできないけど。でも・・・速水さんのことが大好きなの。こんなわたしでもお嫁さんにし てくれますか?」
体から湧き上がる嬉しさのあまりマヤを両腕で抱き上げた。抱き上げられたことで恥ずかしく 戸惑うマヤに、真澄は優しく囁く。
「ふたりで幸せになろう。これからもずっと・・・。」
潤んだ黒い瞳から涙をうっすら浮かべ、やがて輝く笑みを真澄に向けた。

雲雀のように大空へと飛び立ち、やがて疲れたら君の翼を休ませ癒してあげよう。
船の帰りを待つ港のように君が帰ってくる場所は此処なのだから。生命の母である海。
君の傍で優しい海に包まれているような安らかな眠りにつきたい。青く澄んだ空と穏やかな この海に誓う。                

――これからも君と歩き続けたい、永遠に・・・。



<Fin>



moe様コメント

くるみんさん、今回拙作でもありますがupしていただきありがとうございます。速水さんが、 伊豆の海でプロポーズするまでの心の迷いや不安な気持ちを書けたら・・・と思っていたの です。もう少し雲雀のことを書きたかったのですが、だんだんとまとまりがなくなってきてしま いました。鳥籠は、傍に置いておきたい・・・という気持ちから書いてみたのですが、果たし て適切な表現だったかどうか疑問です。伊豆の海はハワイの海をイメージしてみました。
海のような広い心で見守っている速水さんに、とても憧れております!!これからも大好き な速水さんを書いていきたいと思っています。くるみんさん、これからもどうぞよろしくお願い します。



管理人コメント

空の色を映した、美しく穏やかな海が目の前に広がってくるようです!丁寧な描写に浜辺を 歩く二人の姿が自然に浮かんできます。

雲雀のように大空を飛び立つマヤを、大らかな海のような心で受けとめたいと願う速水さん。 でもその一方で彼女を鳥籠に閉じ込めておきたいとも思っちゃうわけですよねーv 
可愛い可愛いマヤちゃんですもの。離したくないのは当然です。しかも何をしでかすか分か らない破天荒娘ですから!
愛玩用の鳥ではなく、自由に野山を飛び回る雲雀。マヤにはぴったりかもしれません。

速水さんが伊豆の海でマヤにプロポーズをするという、なんとも素敵なシチュエーションの
お話・・読んでいて心が温かくなりました。
これからmoeさんがどのような速水さんを書かれていくのか、楽しみにしていますvv