たとえ何を犠牲にしてでも



それは青春の1ページというには、あまりに苦い思い出。


あの子の瞳は真っ直ぐで、素直で、あどけなくて・・可愛くて。
芸能界という世界で生きるには、不安を感じるほど純真な女の子。

守ってやりたいと思った。
ずっと傍にいたいと思った。

だからこそ、事務所の意向を無視して交際宣言までしたんだ。


彼女と別れてからの俺は生気がなくなったようだと人は言った。

だが、本当のところは別れと言えるものさえなかったのだ。
あの子と話をする機会もなく、事務所から無理やりに引き離されたのだから。


「芸能界追放」


あれほど演技を愛していた彼女にとって、それがどれほど辛い処置だったか想像に難くない。

泣いているだろうあの子を抱きしめたかった。
優しい言葉をかけて慰めたかった。
「俺がいる」とこの腕に引き寄せて、あらゆるものから守ってやりたかった。


だが、それを実行するには当時の俺にはあまりにも力が足りなかったのだ。
「青春スター」などともてはやされてはいたが、その地盤はあまりに軽いもので・・・
俺にはどうすることもできなかった。


そう、思っていたんだ。





華やかなドレスを身に纏い、笑顔で挨拶を交わしていく彼女は間違いなくこのパーティの主役だ。
願い続けた望みを実力で勝ち得た彼女は美しく、光輝いている。

そしてその主役を常に目で追っている男―――

なぜ皆、気が付かないのか。
彼はあれほどに熱い視線を投げかけているというのに。
おそらくは・・もう何年も前から。


かつて己れの懐刀を惜しげもなく、彼女の付き人につけた男。
暴漢に襲われた彼女を身を挺して守った男。
周囲の反対を物ともせずに、芸能界から締め出された彼女を手放そうとはしなかった男。

嫌われても憎まれても、あの子のために動こうとした彼を知るにつけ、思い知らされる。
俺に足りなかったのは力ではなく・・

「たとえ何を犠牲にしてでも」という、たった一つの覚悟だったのだと。





世間では冷徹と評される彼が、隣の女性に話しかけられ穏やかに微笑む。
それはあの子とは正反対の、所謂上流階級で育った深窓の令嬢。
清楚な印象を与える一方、艶やかさをも持ち合わせる彼女は、彼の傍らで当たり前のように寄り添 っている。
スラリとした体格に端正な顔立ちの彼と共にいる様は、まるで一対の人形を見ているかのようだ。
完成された美。
しかしそれを魅力あるものと感じないのは俺の主観ゆえだろうか?



彼は失ったのだ。
かつて持ち合わせていたはずの、己が身を捨てるほどの潔さを。


その代わりに彼が得たものは、約束された「輝かしい未来」。




<Fin>




お題トップバッターは里美クンです。
続編を、というお話をいただいたのですが……お題を一つのストーリーでまとめるか、全く違う個々 のストーリーにするか迷っています。