偽りの真実




振り仰げば、そこには目に眩しいほどの青い空。
これで桜が咲いていれば最高なんだけどなぁ。
そんなことを思いながら、茶色の枝ばかりが目立つ桜並木を眺める。
鮮やかな空の色とは対照的に、未だ花をつけずに佇むその木々はどこか侘しさのようなものを醸し 出していて、まるで今の自分の心を写しているようで・・少しばかり胸に痛い。
真冬のように凍てついたこの気持ちに踏ん切りをつけたくて、ここに来たというのに。

「ああ、もう!しっかりしなきゃ、私!!」
勢い付けに、うーーんっと両手を空に向かって上げ、伸びをしてみる。
身体だけでなく心からも余計な力を抜くために。

ふぅぅーーーっ
大きく息を吐いて。

「よぉし!元気回復っ!」

せっかく普段あまり来ないところに来たんだから、美味しいものでも食べて帰ろう。
そういえばここから歩いて5分くらいの所にお洒落なオープンカフェがあったっけ。
ううん、駅の近くにあったあのレストランもいいなぁ。

昼食を何にしようかとあれこれ考えながら石段を下りようとした・・その足が止まった。

ありえない人を見つけたために。



「ちびちゃん?」

驚きの声をあげてスーツ姿の男性が一段、また一段と階段を登ってくる。
「どうしてここに」

それは・・私のセリフです。
いつにも増して忙しいはずのあなたがなぜ。

「速水さんこそ、なんでこんな所にいるんですか」
「なんでとはご挨拶だな。俺だってたまには散歩の一つもしたくなるさ」
「散歩って・・大都芸能の有能社長がこんな平日の昼日中にですか?
そんな暇があるとは思えませんけど」

この人を目の前にすると皮肉混じりの言葉ばかりが口を突いて出てしまう。
いけないと思いつつも、長年染み付いたこの癖はなかなか直すことが出来ない。
もっとも速水さんは速水さんでもう慣れ切っているせいか、気に留める風もないのだけれど。

「暇、か。確かにな。毎日これでもかというほどスケジュールを詰め込まれて辟易しているよ。
今日は客先からの帰り道にここを通りがかって、息抜きがてら立ち寄ってみたというわけだ。
君こそどうしたんだ?花見にはまだ早いだろう」
「私は・・」
言いかけた言葉を思わず飲み込んでしまった。
何しろ、ここへ来た目的の当の本人が目の前にいるのだから。

「私はお参りに来たんです。願い事があったので」
「神頼みか?珍しいな。何事も自分の手で掴み取ってきた君が」

・・だってこればかりは私にはどうすることもできないから。
ただ祈ることしかできないけれど、でも何よりも叶って欲しい願い事。

「速水さんは何かお祈りすることがあったんですか・・って、幸せいっぱいの人に聞くまでもないです よね。お二人の未来についてに決まっているのに」
笑いながら速水さんに話しかけた。
そう、笑えているはず。 
延期されていた結婚式をようやく一週間後に迎えるこの人に悲しい顔は見せたくなかった。
当然だと言わんばかりの答えが返って来るとそう思ったのに、予想に反して彼が私に向けたのはど こか寂しげな表情。
「いや、願掛けに来たわけではないんだ。ただこの場所に来たかった。
ここは俺にとって大切な思い出の場所だからな」

思い出。
その言葉に心がぴくりと反応する。

速水さんと一緒にこの神社を歩いた、あの縁日の日。
自分の気持ちに気づいていなかった私は憎まれ口ばかりを叩いて、速水さんがそれを受けて楽しそ うに笑って・・忘れようとしても忘れることのできない大切な宝物・・

じわりと潤んできた目元に気づかれないよう、慌てて顔を背ける。

「は・・速水さんでも思い出に浸るときなんてあるんですね。
マリッジブルーというやつですか?あ、あれは女性だけなのかな」
よりによってなんでこんな余計なことを口走ってしまうんだろう。
我ながら情けなくて首を竦める思いでいると、背後から含み笑いが聞こえてきた。

「そうかもしれないな。結婚式の日が近づくにつれて、だんだん心が曇っていくようだよ」
速水さんらしくない言葉に驚き、思わず顔を仰ぎ見る。
「何を冗談言ってるんですか!あんなに素敵な人と結婚できるんですよ?
私なら嬉しくて舞い上がっちゃいます!」
「冗談か。冗談ですめばな・・」 

だんだんと怪しくなる雲行き。どうしてこんなことになってしまうのだろう。
この人の辛そうな顔なんて見たくないのに。
困って空を見上げた私の視界に、まだ色づく気配のない桜の木の枝が映った。

「桜・・」
「え?」
「桜の花、まだ咲かないですね」
「ああ、4月になったというのに今年は開花が遅いようだな」
「そう・・ですね」
そういえば今日から4月だったんだ。
4月1日、エイプリルフール。一年に一度だけ嘘をついてもいいという日。

妙な考えが頭に浮かんだ。
まだ結婚をしていないこの人に、冗談でもいいから言ってもらうことができたなら・・


「速水さん」
祈るような、縋るような心とは裏腹に、努めて明るい声で彼に呼びかける。
「なんだ?」
「今日って嘘をついてもいい日ですよね?言ってもらいたい言葉があるんですけど」
「突然妙なことを言うな」
「ちょっとしたお遊びです」
「ふぅん?」
変な子だと言わんばかりに、速水さんは可笑しげに私を見る。
「あの・・っ」
言おうか言うまいか、逡巡の迷いを断ち切って私はあらん限りの勇気を振り絞った。


「・・愛していると言ってもらえませんか? マヤ、愛している、と」


驚きの余り目を見張る速水さんに、私は慌てて言葉をつけ足す。
「ほら、今日は嘘を言っても良いわけですし、嫌っている私のことを好きだということくらい簡単でしょ う?だから・・」
「できない」
途中で遮られて、私はそれ以上話を続けることができなかった。

「偽りでそんなことを言うことはできない・・!」
吐き出すように言う速水さんの眉間には、深い皺が刻まれている。


クスクスクス・・

我知らず笑いが漏れた。
これが演技の笑みなのか、それとも本心からのものなのか、自分でも区別がつかない。

「ほら、速水さん。わかったでしょう?
例え嘘でもあなたは好きでもない人間に『愛している』なんて言えないんですよ。
紫織さんのことを想っているって再確認ができたなら、マリッジブルーなんて贅沢なことを言ってない で早く婚約者の元に行ってください」

勢いよくポンと背中を叩き、速水さんを促した。
同時に私の想いも振り切るつもりで。

その手が捕えられて自由を失った。
反射的に引こうとしたけれど、その力の強さにどうすることもできない。

「速水さん!?」

「君は・・残酷だな」

ひたと怒りを宿した瞳に見据えられて、私は何がなんだか分からなくなる。
残酷? 残酷ってどうして・・? 
残酷なのはあなたじゃないですか。
冗談でもいいから、私はあなたの一言が欲しかった。
その言葉を胸にこれから生きていけると、そう思ったのに。
そんな痛む心を知ることもなく、この人は憤りをぶつけてくる。

涙が・・出そうだった。

溢れる想いを悟られる前になんとか振りほどこうとした腕は更にきつく捕まれて、この場から逃げ出 すこともできない。
どうしたらいいのか、途方にくれる思いで見た彼の表情に浮かんでいたのは・・苦痛の色・・

「嘘でもいいなどと言われて、言えるわけがないだろう。 
君にとっては単なる遊びかもしれないが、俺にとってはそんなものじゃないんだ。
どれほど俺がその言葉を言いたかったか、君に分かるか!?」

がっしりと捕まれた両腕を通じて、速水さんの震えが伝わってくる。

「君が望むと言うなら言ってやる。
愛している・・愛している、愛している!
嘘なんかじゃない、君だけをずっと愛してきたんだっ!」

搾り出すように叫んだあと、速水さんの顔が崩折れるように私の肩に落ちた。
首元で感じる火傷しそうなほどの息の熱さが、これが現実であることを伝えてくる。


重い・・
ただ、そう感じた。


何が重い?

身体が、心が、この・・事実が。


望んだのはこの人を苦しめることではなかった。
私はたった一つの言葉が欲しかっただけ。
そう、欲しかったのは言葉であって心じゃ・・ない。

目を閉じて、深呼吸を一つする。
ずっと長い間、私を見守り続けてくれたこの人に最高の演技を披露するために。
この人の未来を、今度は私が守るために。


「速水さん」
私を覆う体がビクリと反応する。

「全くもう、やりすぎですよ!速水さん」

笑いながら、おどけ混じりにコツンと彼の頭を小突いた。
・・この柔らかい髪の感触を一生忘れないだろうと心の隅で感じながら。

「エイプリルフールだからって、ここまで迫真の演技をするのは反則です。
長い付き合いの私だからいいものの、他の人だったら本気にするとこですよ」
「マヤ・・ッ」
「速水さん、社長業だけじゃなくて俳優としてもやっていけますね。
一応女優の端くれの私が保証します!」
これ以上何も言わせない。言わせてはいけない。
一週間後には、この人に相応しい美貌も財力も備えた人が白いドレスを身に纏い、手を差し伸べて 待っているのだから。

力が弱まったのを感じて、私は速水さんの身体から離れた。
手を頭の後ろに組み空を見上げると、吸い込まれんばかりの青が広がっている。

「あーーあ。いつも苛められてばかりだから、ちょっと仕返ししようと思っただけなのに・・
やっぱり速水さんの方が役者が上かぁ」

「・・マヤ」

呼びかける速水さんに振り向き、真正面からその顔を見た。
私に出来る限りの最高の笑顔で、言うべき言葉を贈る。

「ご結婚おめでとうございます、速水さん。あなたの幸せを心から願っています」

彼は一瞬私を凝視して、その次の瞬間諦めたように目を伏せた。

今が退き際・・速水さんにとっても、私にとっても。
祝いの言葉を最後に、私は無言で立ち尽くしている彼から背を向けて歩き出した。
鳥居へと続く階段を足元を見ながらゆっくりと降りる。
この石段こんなに長かったかな、とそんなことをぼんやりと思いながら。



「世界で一番大事なあの人が幸せになりますように。
誰よりも幸福な結婚をしますように」


ほんの数十分前に、お社で自ら願った言葉が胸に蘇る。


桜が咲いていなくて良かった。
何日か後にはたくさんの花見客でいっぱいになるはずの境内も、今はひっそりとしていて。

お陰で零れ落ちるこの涙を、人に見られなくてすんだから。






<Fin>




この話はエイプリルフールに合わせて2日間だけ暫定的にサイトに掲載したものを、推敲の後に
再UPしました。
冒頭に始まり、エピソードも幾分追加していますので、前に読んでいただいた方も少しは楽しんで
いただけるのではと思うのですが・・

言うべきことはそこではないだろう、というご指摘の声が聞こえてきそうです。



・・・はい、ラストが180度変わってます。
二人が想いを通じ合わせたエンディングが、マヤが別離を選ぶという形に変更となってしまいまし た。
改めて話作りをしているうちにストーリーが膨らんでしまったため、エイプリルフールとしてのエピソー ドは一度切って、後ほど続編を書く予定です。