酔っ払い顛末記




真澄は秘書の水城を伴って、マヤの稽古場に久々に顔を出した。
「よう、速水の若旦那。来てくれたのか?」
演出家の黒沼が、声を掛ける。
「ええ、調子はいかがですか?」
「ん〜っまあ、煮詰まっている部分もあってな。ぼちぼちだな」
声掛けに適当に相槌を打ちながら、チラチラとマヤに目線を送る。
マヤは真澄には気付かず、何やら桜小路と話しをしていた。
真澄は面白くない。もともと嫉妬深いのは自認していたが、特に桜小路は危険だ。
彼は以前からマヤが好きで、今でもそれは変わらないようだった。
苦い顔をして、ふたりを見ていた真澄だったが、水城の視線を感じ振り返る。
その目はまるで、いいかげんにしてよ〜、とでも言いたげだった。
水城はふいに、閃いたような顔をした。
「黒沼先生。皆さんをねぎらうという意味合いで、どこかへお連れしましょう。 
確かそうおっしゃってましたわよね?社長」
「あっああ・・そうだったな」
「おっ、そうかい悪いね」
水城が何を考えているか、真澄にはまったく分からなかった。
「お〜い、大都の速水社長がおごってくれるそうだ。今日はここまで、ついてくる奴はついてこい〜」
「は〜い、やったぁ〜!!」
あちこちで拍手がおこる。
「さあ、マヤちゃん着替えてらっしゃい。待ってるわよ」
「みっ・・水城さん?」
水城はマヤを確保すると、更衣室まで連行した。
(マヤちゃん、あなたがいないと意味ないのよね・・・)
真澄と水城を含む、総勢15名は、近くのカラオケボックスに連れ立って赴く。
(ちょっと色気がないけど、しかたないわ。この人数ですもの・・・
まあお酒もあるし・・・うふふ楽しみ)
水城の思惑など知る由もなく、皆は目的地に着いた。

「あなたはここ・・・ああそうね、あなたはこの席」
会社の有能秘書そのままに、水城は仕切る仕切る。
「はい、あなたはここよ」
マヤの隣に座ろうとしていた桜小路を、マヤから遠く離れた、黒沼の隣に座らせた。
(はは〜ん、なかなか優秀な秘書さんだな)
その様子を見ていた黒沼は、水城の意図を察知した。
もともと、想い合ってるマヤと真澄だったが、お互いの気持ちなど知るわけもなく黒沼も、
やきもきしていた。
(これで少しでも進展すればいいな。若旦那よ)
黒沼のメガネの奥の目が、キラリと光った。
「さあ〜皆さん。お好きな物を、何でも注文してくださいね。遠慮は禁物で〜す」
水城が声を掛ける。「おお〜っ!!ごちになりま〜す」
気の早い者などは選曲し、マイクを持って歌い始めている。
「さて・・・それじゃ 私も・・・」
水城は見事な采配を発揮した後、なぜかマヤと真澄の間に腰を下ろす。
「マヤちゃん、お疲れ様。今日は無礼講よ。どんどん飲んでね」
「はっはい、でもあたし・・・あんまり飲まないほうがいいって・・・麗たちが・・・」
「あら、それはどうして?」
マヤは、もじもじと上目遣いで答える。
「・・・酒癖・・・悪いみたいなんです。あたし・・・」
「そんな、気にすることないわよ。お酒を飲めば誰でも、多かれ少なかれ変わるものよ」
しかし、水城たちはこの後、多少なんてものではない、マヤの変貌ぶりを目にすることになる。
           
真澄は水城を隔てた隣にいるマヤが、気になって気になってしかたがない。
(水城くん、マヤにそんなに酒を勧めて・・・気分が悪くなったらどうするんだ)
時折、マヤと視線が合うと、彼女は慌てて目線を外す。
(やっぱり、相当嫌われているな・・・)
とことん勘違いという、ドツボにはまっていく真澄であった。
とりたてて話をすることもなく、時間が過ぎていく。すると・・・
「やあ〜ん、なんか気持ちよくなってきましたぁ」
マヤが突然、素っ頓狂な声を出す。
気がつけばマヤの前には、空になったビール瓶やらチューハイのグラスやらが、幾つも並んでいる。
「水城さん。飲んでますぅ?」
マヤがポンポンと、水城の肩をたたく。            
(め・・・目が据わってるわ・・・この子・・・)
水城が絶句していると、マヤは尚も言葉を続ける。
「しっかし、水城さんも大変ですねぇ、速水さんなんかの秘書してて。
ぜったい会社では、暴君だと思うわ。早く寿退社したほうがいいですよぉ」
会社では、決して誰も口にしない禁句を、マヤはさらっと言い出す。
「水城さんってぇ、頭はいいしキレイだし・・・もったいないですぅ、
このままつぼみのままで枯れてしまうなんてぇ ・・・シクシク・・・(泣きまね)
ねぇ速水さんもそう思うでしょぅ?」
(こっ・・・この子ったら、私のことそんな風に見ていたのね・・・
つまり・・・お局だと)
ショックのあまり、水城が固まる。
あまりのマヤの毒舌に、さすがの真澄も口を挟む。
「チビちゃん、ちょっと飲みすぎじゃないか?もうよしたほうがいい」
マヤは真澄を睨みつける。
「速水さんって本当のトコ、あたしのこと何だと思ってるんですかぁ?
チビ、チビって、あたしは犬じゃないんですからね!!あたしをからかうヒマがあったら、
紫織お嬢とデートでもすればいいのに。まったくぅ、忙しいのかヒマなのか、わかんないヒトですねぇ」
今度は真澄に絡むマヤ。真澄は紫織の名がマヤの口に上ったことで、不機嫌モードに突入する。
水城は、はっと我に返る。
「マ・・・マヤちゃん。私も久し振りに、マヤちゃんとお喋りしたくなったわ。
女は女同士・・・ふたりで飲みましょ?」
水城は不機嫌な真澄を残し、マヤを強引に隅の空いてる席に連れ出した。
          
「さ・・ささっ・・飲みましょ、飲みましょ」
水城はマヤのグラスに、ビールを注ぐ。
マヤは、それをおいしそうにグビグビと飲み干す。
「あ〜ん、サイコー!!水城さんもぉ、飲んでぇ」
マヤの悪酔い度も、エスカレートしていく。
桜小路が少し離れた場所から、マヤの様子を窺っていた。
しかし黒沼ががっちりと、桜小路を捕まえて離さない。
(黒沼先生。お願いしますよ)
(がってんだ!!)
ふたりは目で、合図を送り合った。
「ところでマヤちゃん。前から聞きたいことがあったんだけど・・・いいかしら?」
「いいですよぉ。何でも聞いてくださぁい」
水城もビールを口にしながら、
「もしマヤちゃんが、紅天女に選ばれた場合、マネージネントする芸能社が・・・
つまり所属する事務所などが、必要になってくるわよね?
そのとき大都も候補として、考えてもらえないかなと・・・」
「う〜ん、考えてますよぉ。イロイロ・・・」
「確かにあなたと真澄さまは、過去にさまざまな確執があったわ。
真澄さまも昔は強引で、私も苦言を呈したことも・・・しかし、今となっては後悔してらっしゃるのよ。
若気の至りというか(意味は違うだろうけど。まぁいいわ、どうせ分かんないだろうし)
とにかく後悔してるのよ。
もうそんなに真澄さまを、憎んだり嫌ったりしないであげてほしいの。
お願いね・・・」
水城の話をじっと聞いていたマヤだが、手酌でビールをグラスに注ぎ、一気に飲み干すと。
「あたしぃ、今は速水さんのこと、嫌ったりしてませんよぉ」
「えっ?じゃあ、今はどう思っているの?」
水城が身を乗り出すように、マヤに問う。
「どっちかというと・・・スキ・・・ですよ・・・」
「スキ・・・って?たとえばどんな風に?」
「へへっ、ここだから言っちゃうけどぉ。いつの間にかぁ、分からないけどぉ、
速水さんが・・・好きになってたの。俗にいう、アイシテルってやつなのかなぁ?」
(やった!!ビンゴ!!)
水城は、心の中で小躍りする。
「せっかくだから、告白したら?真澄さまも、きっとお喜びになるわ。
マヤちゃんに嫌われていないと知ったら・・・」
「そうですねぇ〜っ・・・わっかりましたぁ。ついでですもんねぇ」
マヤは席を立つと、ふらふらと真澄の前に立ちはだかる。
「なんだ?女同士の話とやらは終わったのか?」
真澄は無愛想に、マヤに問いかけた。
マヤは艶っぽい(あるいは酔っ払い特有の)瞳で、真澄を見つめる。
「スキです・・・あたし速水さんのコト、スキです・・・」
真澄は驚きのあまり、グラスを落としそうになる。
「なっ・・なに言ってるんだ・・・酔ってるんだな?まったく君って子は・・・」
動揺する真澄は、煙草をくわえようとする。それをマヤが制する。
「やだぁ、あたし本気ですよ。本当に速水さんが好きなんですってばぁ」
「チ・・・チビちゃん・・・?」
マヤがふわっと真澄の膝に座り、その肩に両手を廻す。 
「証明して、あ・げ・る」
マヤは真澄の唇に、チュッと小さくキスをした。
(やったわ!上出来よ!マヤちゃん)
その様子を見ていた水城は、小さくガッツポーズを作る。
「マ・・・マヤ・・・」
「えへっ、やっちゃったぁ。わかってもらえましたぁ?本気だって」
どう見ても本気かそうでないか、判断がつきかねるマヤの態度だった。
しかし真澄にとって、こんな好機は逃すことはできない。
「君が本気だというなら、俺も言わせてもらう。・・・マヤ・・・君が好きだ・・・」
「はぁ?」
「俺も君に本気だ。・・・マヤ・・・愛している・・・」
今度は真澄から、甘いキスを送る。
(キャッ、真澄様ったら・・・ダイタンね。こんな状況でよくやるわ)
水城はドキドキしながら・・いや好奇心いっぱいの目で、ふたりを見つめていた。
「おっ・・・おい、マヤちゃんと速水社長が・・・」
カラオケや、お喋りに夢中になっていた周りの人間も、ふたりの様子に気付く。
だが、マヤと真澄はふたりだけの世界。熱いキスを交わし続けていた。
「うわぁ、このふたりって、こんな仲だったんだ」
「生の本気キスなんて、なかなか見られないわよねぇ」
興味しんしんの、ギャラリーたち。
辺りの騒然とした雰囲気に、真澄はハッと気付き、マヤの体を離す。
その時、マヤはすでに夢の中。軽い寝息をたてていた。
「マヤちゃぁ〜ん・・・」
桜小路の情けない声が、むなしく響く。
混乱と歓喜の渦の中。カラオケボックスでの大騒動も、終焉を迎えようとしていた。
   
マヤはあの日の記憶が、途中からなかった。
カラオケボックスで飲み始めた、最初のほうしか憶えてない。
(あの時、速水さんが送ってくれたらしいけど・・・
麗からは、あんたはもう二度とお酒は飲むなって言われたし、
あれから稽古場で会う人たちの視線は変だし、桜小路くんは元気がないし・・・
いったいあたし何したんだろう・・・知りたいような知らないほうがいいような・・・)
マヤがアパートで悶々としていると、麗から声をかけられる。
「水城さんから電話だよ」
「えっ?水城さんから?」
「なんだか、ずいぶん慌てていたよ。なんか、あの人らしくなかったな」
マヤが電話に出ると、受話器の向こうから、確かに水城の慌てた声がした。
「マヤちゃん!真澄さまが、あなたのもとへいらっしゃるわ!」
「速水さんが?どうして?」
「プロポーズよ。プ・ロ・ポー・ズ」
「はいぃ??」
マヤは、何がなんだかわからない。
「カラオケボックスでのこと、憶えてないようだったら困ると思って、電話したの。
あなた、あの時真澄さまに大胆!愛の告白をしたのよ」
「えぇ〜〜〜っ!!!」
マヤは突然のことに、固まった。
「シチュエーションを作って、けしかけたのは私だから、責任感じちゃうけど・・・
とにかく、婚約も破棄し、お義父さまである会長とも大喧嘩なさって、
俺はマヤと結婚するって、会社も何もかも投げ出していかれたの」
「はぁぁぁ?」
「真澄さまは、実はとっても熱い方なのよ。
いつもは冷静な方なのに、マヤちゃんあなたが絡むととたんに・・・
頭に血が昇っちゃったみたいなの。
とにかく、あなたにその気があるなら、真澄様の想い・・・受けとめてあげて。
それから、会社に戻るように説得してちょうだい。業務が滞って困るから・・・
それじゃあね」
水城は言うだけ言うと、電話を切った。
マヤは、呆然と受話器を握り締めたまま、立ち尽くした。
どうしてこんなことになったのか、見当もつかない。
誰を恨んでよいのやら・・・一世一代の告白すら、何にも憶えていない。
(やっぱり、お酒やめる・・・今後こんなことがないように・・・と言うより・・・
あ〜っ速水さんどうしよう)
その時、アパートの玄関が開き、そこには真澄の姿が・・・
「マヤ・・・」
マヤは再度、固まる。
(とにかく、会社に戻るように説得しなくちゃ・・・それから・・・それから・・・
あたし、ほかに何かしたんだろうか?
ああ〜ん、もう・・・もう二度とお酒なんか飲まない!!)            
マヤは、のろのろと真澄のもとに歩き出した。
プロポーズの返事より、どう説得しようかに頭を痛めながら・・・




<Fin>



管理人コメント

この作品の続編をサイトオープン記念として頂きましたので、本編であるこちらもしっかりとオネダリし てしまいましたv
アイリーンさんのコミカルで楽しい小説は、いつも読むだけで元気をくれます。
マヤちゃんの暴言振りが可笑しく、ハラハラしながらも「いけ、速水さんにセマれーーっ」と心の中で 叫んでいた私♪
それに応えた社長もサイコーっ!!

速水さんのプロポーズの言葉、どんなセリフだったのでしょうね・・気になる・・v