ギフト 4



「マヤ、もう来ていたのか!」 
現れたのは溢れんばかりの眩しい笑顔を湛えた彼女の婚約者。 
その無邪気ささえ感じられる笑みに、室内の二人はそれまでの会話も頭から消え、ただ彼の顔を見  つめるしかなかった。 
「・・真澄様」 
上司の喜びに溢れる姿を見ながらも自身を取り戻した秘書は、話の腰を折られたこともあり一言苦  言を呈す。 
「レディがいる部屋に返事の確認もなく、いきなり入るものではありませんわ」 
「レディ?」 
速水が不可解と言った顔をし、部屋の中をぐるりと見渡す。 
「この部屋のどこにそんな女性がいるんだ?」 

ピシリッという音が聞こえるかのようなひきつった笑顔を応接室の二人が浮かべる。 
「・・マヤちゃん、こんなデリカシーのない人と婚約なんてお止めなさい。 
私がもっと素敵な方を紹介するわ」 
「本当ですか?水城さんの推薦なら安心ですねっ!是非お願いします!」 
楽しげに話す二人に、真澄はぎくりと肩を強張らせる。 
"この秘書ならやりかねない・・" 
常日頃マヤのことに関しては散々からかわれ、遊ばれている真澄である。 
わかった、俺が悪かった!と早々に白旗をあげようとしたが、時すでに遅く話は更に進んでいた。 

「マヤちゃんは引く手あまただから選びがいがあるわ」 
「えーっ、私なんかがいいなんて人いるんですか?」 
「あら、ご謙遜を。麗しの紅天女様に憧れている殿方は多いのよ」 
それは事実であった。 
永遠の恋を演じる彼女に擬似的な恋を抱く者。 
マヤ本人を知り、その少女のような純真さに庇護欲に駆られる者。 
そのような男の中には所属女優であるということを理由に、速水や水城を通してマヤに近づこうとし  た無謀な者もいる。 
無論、そのような話が彼女に伝わるわけもなく、その場であっさりと握りつぶされた上に鬼気迫るほ  どの牽制までかけられていたのだが。 

「どうしようかなぁ」マヤはちらりと真澄を見る。 
どうしようかじゃないだろう? 
苦虫を噛み潰したような男の顔に笑いが漏れそうになった。 
「うーん・・」マヤが迷うように呟く。 
「でもうちの社長はスキャンダルを嫌うから、紹介してもらう前に社長自身に査定してもらわないと無  理かも。ねぇ?」速水に振ってみる。 
「俺の審査が通る男などいるわけないだろう」 
「どうして?」畳み掛けるマヤ。 
「俺以上の男がこの世にいるわけがない」にやりと笑って速水は堂々と言ってのけた。 
「・・凄い自信ですね」 
「俺はマヤにとって世界一イイ男だと自負しているからな・・俺にとっての君がそうであるように」 
熱い眼差しを捧げ一直線に見つめて放つその言葉に、言われた当人は赤面して二の句が告げなく  なる。 
はいはい、ご馳走サマ・・予想はしていたものの、結局のろけ話になったことに水城は苦笑した。 


甘い空気の中、ドアをノックする音が場を変えた。 
「どうぞ」 
失礼しますと一礼をし、部屋に入ってきたのは40代前半の男。 
「ああ、君か。今回の件ではよくやってくれたな」 
速水が穏やかな笑みを向けて話しかけた。 
「ありがとうございます。社長の寛大なご配慮のおかげです」 
男は晴れやかな笑顔で深々と礼をする。 
「これからまた大阪へ行って合併に関する手続きを行う予定なのですが、その前に2、3、お話した い ことがありまして」 
「わかった」 
頷くと、速水はソファにいる二人に予定の時間になったら社長室に来るよう話すと、男と共に応接室  を後にした。 

「真澄様、変わったでしょう?」 
いきなりの水城の言葉にマヤは「えっ?」と首を傾げる。 
「冷徹な仕事の鬼、冷血漢と言われた人が、部下に微笑みを向けるんですもの。 
1年半より前にはあり得なかったことだわ」 

1年半前・・速水さんと私が心を通わせて・・鷹宮家との破談が決まった頃。 
マヤは水城の言わんとしていることを掴もうと集中して耳を傾けた。 
「紫織様との婚約時代、真澄様はかなりひどい状態だったのよ。 
表情は暗く沈んでいて日が経てば経つほど、まるで生きながら死んでいくようだったわ。 
仕事こそそつなくこなしていたけれど、それはまるで機械が与えられた動作をしているだけという感じ だったわね。」 
つれづれと語る秘書に、マヤは驚きの声をあげる。 
「まさか、そんな!速水さんはいつも冷静で余裕があって・・紫織さんとだってあんなに幸せそうに一  緒にいたのに」 
「対外的にはね。それが真澄様の仕事だったから」 
切り捨てるように水城は言う。 
「そんな・・」 
「あの方にとって鷹宮家との婚約はそういうものだったのよ」 
呆然とするマヤに、秘書はまぎれもない事実を述べた。 

「ねぇ、マヤちゃん?」ストレートの黒髪がさらりと下へ落ちた。 
隣に座っている水城がマヤの顔を覗き込んだのだ。 
「今の真澄様、とても楽しそうで自信に満ち溢れているでしょ? 
それは仕事にも反映されているの。 
そんな社長を私や社員は今まで以上に好感を持っているし、信頼しているのよ。 
あなたも見たでしょう?さっき入ってきた社員の様子を」 

マヤは先ほどの男を思い浮かべる。 
バリバリの営業マンって感じの人。大阪に行くって話をしていたっけ。 
速水さんに笑顔を向けてお礼を言ってた。 
とても感謝している感じだった・・・ 

「あなたのお蔭よ、マヤちゃん。 
あなたが真澄様に人を信じること、頼ること、赦すこと・・いろいろなことを与えてくれた。 
これはあなただけしかできなかったことだわ」 

私が与えた? 
演劇以外でも私、速水さんにあげられるものがあったの・・? 
マヤは静かに目を瞑り、水城の言葉を反芻する。 
その言は真綿に水が滲んでいくようにじわじわと彼女の中へと染み渡っていく。 
「ありがとう・・水城さん」 
戸惑いを見せていた表情が輝き始める。 
それは萎れかけていた花が充分な水を得て、再び大輪の花を咲かせたかのような笑顔であった。 


十数分後、社長室では三人だけのミーティングが行われた。 
上機嫌な速水、緊張するマヤ、てきぱきと話を進める水城。 
三者三様の姿があった。 
進行の流れを把握した上で発表内容の検討をし、質疑を予想し対策を練る。 
方針が決まればまず重役会議で提示した後、広報へと回すことになる。 

「よし水城くん、これでいこう!」 
「かしこまりました」 
清々しいほどの返事が返る。 
それは彼女が長い間、恋愛ごとには頼りない上司を見て心配し続けていたからこその響き。 
その成就に関連するこの会見は、彼女にとっても喜ばしいことなのだった。 

「せっかく仕事が落ち着いてきたところだけど、この会見後はまたマスコミへの対応で忙しくなるわ  ね」 
心の中で呟いて、水城は見つめ合う恋人同士を部屋に残し秘書室へと向かう。 
「でもこういう忙しさならやりがいもあるってものだわ」 
デスクトップを立ち上げ、検討した内容を手早くまとめて文書を作成しプリントアウトする。 
文章を推敲し少々の修正を施した後、重役会議に出席する人数分を印刷した。 
プリンターから流れてくる用紙に印字されていたのは、大都芸能の社長とその看板女優との婚約発  表の会見に関する詳細事項。 

この会見がなされれば大なり小なり、鷹宮との婚約と比較をされることでしょうね。 
水城は何枚も打ち出される白い紙を見ながら考える。 
愚かな選択をしたと断定する者も多いと思うわ。 
でも。 
真澄様にとって大都にとってどちらを選ぶのが正しかったのか、それは今の大都の波を見れば容易  に想像できる。 
そう、その正否はいずれ誰の目にも明らかになるはずだわ。 

だからその未来のために私にできることをしていきましょう。 
婚約発表の後は結婚式が控えている。 
あの真澄様がいつまでもマヤちゃんとの婚約期間を延ばすはずがないものね。 
家族のいないあの娘のために、花嫁支度の手配は私がやらせてもらうわ。 
それこそ世界一の花嫁にしてみせる。 
さぁ、腕が鳴るわよ! 

打ち出された書類を掴み立ち上がると、きびきびと他の秘書に指示を与える。 
手のかかる上司とその最愛の女性のために、この腹心の秘書のハードな業務はこれからも続いて  いくことだろう。 




<Fin> 




前2作の総まとめのような話です。 
ぽろりぽろりと裏話もあったりして、続けて読まれた方が分かりやすいかもしれません。 

速水さんの人への接し方の変化を書きたかったんですが、思いの他難産でした。 
何ってやはり・・契約書関係です(^_^;)
ない頭でなるべく矛盾のないようにと考えはしたんですけど、結構冷や汗モノだったりします。 
書いた後で「やっぱり全部消しちゃおうかな〜」という思いも何度となく頭を過ぎったのですが、
社長してい る速水さんを入れたくて残しました。 

今回、水城さんの視点で書きましたが・・この人は本当にサポートに徹してます。 
気性がさっぱりしていて、行動力があって、おまけに世話好き。 
速水さんのお守りにはぴったりです(≧▽≦)