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With Love -桜小路優-




青年は手の中にある箱を凝視していた。
縦15cm、横20cm、高さ10cm。
鮮やかな緑色の紙に包まれた国語辞典よりも大きいそれは、どう見ても義理とは思えない。
そしてリボンの下に挟まれたメッセージカード。

「マヤちゃん、これを僕に?」
「うん、受け取ってね、桜小路君」


2月14日バレンタインデー。
それは日本において、女性が男性に思いをこめてチョコレートを贈る日。
無論、その中には「本命」と「義理」とが存在するわけだが。


・・マヤちゃん、これは君の気持ちとして受け取っていいのかい?
桜小路は震える心で問いかける。
触れれば火傷しそうなほどの熱い視線で。

その眼差しを一身に受けながら、彼女はにっこりと微笑んだ。
「それじゃ、私、他の人にも渡してこないといけないから。
じゃぁね、桜小路君」

大きな袋を持ってパタパタと廊下を駆けていく姿を見守りながら、桜小路は身体の芯から湧き上がっ てくる高揚感を抑えることができなかった。
「マヤちゃんったら、照れなくていいのに・・かわいいなぁ」
人が見たら2mは後ずさりしそうな笑顔を浮かべ、彼はメッセージカードに視線を落とす。
そこにはマヤの印象そのままの丸い小さな文字が並んでいた。


『桜小路君へ

     愛をこめて』


「・・ありがとう、マヤちゃん・・」
書かれた言葉を指でなぞりつつ、喜びのあまり倒れそうなほどの眩暈を感じる。
彼女の気持ちを語るそれを取り出してみると、リボンの影に隠れた文字が新たに見出された。




『紅天女関係者一同より』


え?
桜小路の思考が止まる。
どういう意味だ?

嫌な予感に捕らわれつつ、手にある紙片の裏をめくってみると。
そこにはマヤを筆頭に、紅天女に出演する女優やスタッフの名前、8名分が書かれていた。

「そうだよな、そういうことだと思ってたよ、マヤちゃん・・」

数瞬前には心にもなかったことを呟く彼。
とぼとぼと控え室に向かうその後姿は、気の毒なほど悲哀に満ちていた。







まるで鉛のように重い身体を叱咤し、彼は舞台の支度を整える。
そう、全ては自分の勘違いなのだ。
彼女に悪気はない。

だけどっ!
だけど、どうしてあんなに鈍感なんだっ!!
八つ当たりに近い感情が心の内で爆発する。
これだけ意思表示をしているのにどうして伝わらない?
鈍いにもほどがある。
今時の幼稚園児の方が余程敏感だっ!
某都庁をなぎ倒すゴジラさながらに暴れたい気持ちを抑えて、彼はドカリと椅子に腰を下ろした。

だが・・苛立ちながらも本当は判っているのだ。
そんな彼女だからこそ、自分はこれほどに惹かれるのだ、と。
無邪気であどけない、純真すぎる少女。

「あーあー、重症だよなぁ」
己れの何年にも渡る恋の病には、ただ苦笑いをするしかない。



コンコン・・
控えめに扉を叩く音が室内に響いた。

「どうぞ?」
「お邪魔します」
ひょっこりと顔を出したのは、阿古夜の衣装を身に着けたマヤ。

「マヤちゃん・・」
思わず表情が曇る。
愛しくて堪らない彼女の姿も、今だけは・・舞台が始まる前の、このプライベートな一時だけは見たく ない気分だった。
身勝手な思いだという自覚はあるが、感情というものはそう簡単にコントロールできない。
そして彼の願いは叶うことなく、マヤは桜小路の目の前へと歩を進めた。


「これ、阿古夜から大事な一真へ贈り物です・・どうぞ!」
彼女が差し出したそれは、平べったい和風の包みだった。
店名と思われる「虎之屋」という文字が、しつこいほどにあちらこちらに印刷されている。

「これは・・?」
「あのね、阿古夜や一真の時代にはチョコレートってなかったはずでしょ。だから、代わりにお団子に したの。あ・・もしかして桜小路君、和菓子は嫌いだった?」
どこか浮かない顔の青年にマヤは少しばかり不安を覚える。
「いや、そんなことはないけど・・」
その言葉に彼の悩みに気づく気配もない鈍感娘は、ホッとしたように口元をほころばせた。

「良かったぁ。本当はね、おまんじゅうにしようか迷ったの。だけど、このお店のお団子は美味しいっ て有名だったし、私も食べたから味は保証済み・・」
言いかけて「あっ・・」と言葉を詰まらせる。
「実は私も食べてみたくて、一緒に買って一足先に味見しちゃった」
えへへ、と舌を出し照れ笑いをするマヤ。
つられて桜小路の表情も自然に和らぐ。

「マヤちゃん。阿古夜が生きた時代にはチョコレートどころかバレンタインデーの概念自体がなかった と思うけど?」
「!・・そう言われればそうだよね・・」
目を丸くして顔を見合わせる。
くすくすっ、あはははは・・・
腰を「く」の字に曲げて、弾けるように笑い出す二人。

やっぱり彼女には敵わない・・
ひとしきり笑った後、桜小路はマヤへと手を差し伸べた。
「今日の舞台もよろしく、阿古夜」
「ええ、お前さま」
握手をし、微笑みを交わす・・それが自分とマヤの距離。
望もうと望むまいとそれが現実だ。


そろそろ時間だから、とマヤを促して部屋を出る。
歩く先にあるのは虹色に煌く光の世界だ。
そこでは永遠の恋を彼女と紡ぐことができる。
この立場だけは他の誰にも譲りはしない・・・!
桜小路は右の拳を握り締めた。

舞台袖で待ち構えるように立っていた黒沼は、二人の様子に満足げに頷く。
「おい、主役コンビ、いい演技が期待できそうだな!」
「はい、任せてください!」
力強く言葉を返す二人に演出家は今日の舞台が成功を収めることを確信し、ニヤリとほくそ笑んだ。



<Fin>
 


バレンタインでなぜ桜小路ネタ!?・・と思われた方、すみません。
軽ーーい話が書きたくなったら、いつの間にか頭の中で彼が登場していました。
書きやすいんです、桜コージって。
好きか嫌いかはともかく・・なんですけどね。(嫌いと言うよりはむしろジャマ?)