With Love −速水真澄− 3



「速水さんはいらないって言ってたけど、私の気持ちとして受け取ってください」

思いがけない贈り物に、真澄はその感触を味わうようにゆっくりと指で覆う。
「君は今夜の食事も奢ってくれるつもりなんだろう?そんなに俺に気を遣うことはなかったのに」
そう言いながらもマヤの気持ちが嬉しくて、自然に顔がほころんでしまう。

恋する男とはほとほと単純なものである。


「開けてもらえますか?」
上目遣いで話すマヤに愛しさを覚えつつ、彼女の言葉に促されて真澄は包装紙を剥がした。
そして出てきたのは。

「・・シガレットチョコ?」

(これは駄菓子屋でよくあるアレだよな?俺も昔は小遣いを握り締めて買いに行ったものだが。
まだ売っていたのか・・というより、これはバレンタインのプレゼントとして渡すものなのか?)

瞬間的に様々な疑問が頭の中をよぎる。
あまりに意外な物の出現にマヤに礼を言う余裕もない。
ただ呆然と箱を見つめる真澄の様子に、当の贈り主はクスクスと笑い出す。

「ごめんなさい、速水さん。子供でも買える様な安っぽいプレゼントで。でもね、これだけでは意味が ないの」
そう言ってマヤは真澄の胸元をコツンと指の背で叩く。

「速水さん、煙草の箱を貸してもらえますか?」
彼女の意図しているところは掴めないものの、とりあえず言われるままに愛用のシガレットケースを 手渡す。
「そのチョコレートも一本くださいね」
真澄からシガレットチョコを受け取ったマヤは煙草の箱にそれを入れると、カサカサと思い切り良く
振り出した。

「お、おい、マヤ!何を考えているんだっ!?」

恋人の意味不明な行動に真澄は思わず問いかける。
彼の質問にマヤは微笑みで応えると唖然としている男の手に煙草を戻し、その手を箱ごと、両の
手の平で包んだ。
暖かく、まるで抱擁するかのように真澄の手を握り締めたまま、マヤは澄んだ瞳で彼に話し始めた。

「水城さんから聞きました。最近速水さんの煙草の数がひどく増えたって。
お仕事が大変なのは分かってますけど・・それは私のせいでもあるんですけど・・
でも私は速水さんに身体を壊して欲しくないんです。本当は煙草でストレスを紛らわせるようなことは して欲しくないから吸わないでって言いたい。だけどそんなことはできないから・・」

マヤの口元から笑みが消える。

「だから煙草を吸おうとしたときにこのチョコレートが出てきたら思い出してください。私がいつも
あなたを想っているってことを。気持ちだけはいつもあなたの傍にいるってことを。お願いです、
速水さん」

「・・マヤ・・」


打ちのめされたような気がした。
マヤの心遣いに。
そして何よりも自分自身の愚かさに。

今、大都芸能は鷹宮との縁談を断ったが故に、企業としての地盤を揺るがされている。
それは自らが選択した結果であり後悔はしていないが、現実問題として仕事は山積みであり気を
抜くことなど一切できないような状況だ。
その上、ようやく想いを通じ合わせたマヤとほとんど会うことも叶わない。
鷹宮を刺激することを避けるために交際を公表することもできず、彼女に近づく男を牽制することさえ できないのだ。
積もり積もった苛立ちやストレス・・そんなものに振り回されて、一人で足掻いていた。
己れを心配してくれる人がいることも忘れて。

本当に鈍いのは俺だな・・


「ありがとう、マヤ」

大切なことに気づかせてくれて―――


照れたようにマヤが笑う。
頬を朱に染めて、ふわりとはにかむように笑む姿が彼の心を揺らした。

真澄は受け取った煙草のケースを背広の内ポケットに戻すと、新たにシガレットチョコを一本彼女に 差し出した。
「せっかくのチョコレートだ。食べないままに煙草の箱の中では勿体無いだろう。一つくらい君が
食べたらどうだ?」
真澄の提案にもともと甘いものが好きなマヤは、それじゃぁと出されたチョコを受け取る。
それを口に含んだマヤは一瞬目を見張り、次に嬉しそうに頬を緩めた。
「どうした?」
「懐かしい味だな、って思って。昔のチョコレートって独特の風味がありますよね。平たい味とでも
言うか・・」
「どれ、どんな味だ」
真澄の彫りの深い顔がマヤの目の前に現れると、あっと言う間もなく軽やかに彼女の口元からチョコ レートを攫って行く。

「ちょっ、速水さん!」
「確かに昔食べた味だが、やはり俺には甘すぎるようだな。これは君に返すとしよう」
言うが早いか、マヤの腰を抱くと彼女の唇に自分の唇を重ねる。

熱い口付けの後に彼女の口内に残ったのは、甘く蕩けるチョコレート。

「は・・やみさんっ・・!」
「煙草が吸いたくなったときには君の唇を思い出すよ。それが吸わないための一番のおまじないだ」
「・・っ・・もうっ・・!」

文句の一つも言ってやろうと口を開きかけたマヤは、屈託のない真澄の様子につい毒気を抜かれて しまう。
(時々子供みたいなんだからぁ)
心の中で呟くも、それが自分だけに見せる態度だということを知っているだけに、マヤはくすぐったい ような喜びを感じた。



「さぁ、そろそろ行くか。君のお腹の虫も悲鳴をあげているんじゃないか?」
「私のお腹の空き加減なんて気にしないでもらわないで結構です!」
そう言いつつも条件反射で腹部を触るマヤに、真澄の口からクックと笑いが漏れる。

「今から行くところは俺の食べられる物もあるんだろうな。ケーキばかりでは胸焼けをおこしそうだ」
「私が甘い物だけで生きてると思ってます?」
「違うのか?」
「違うに決まってるじゃないですか!速水さんこそ忙しさにかまけて煙草とお酒だけの生活なんて
してませんよね!?」
「なんだ、よく知っているな。見てたのか」
「そこは否定してくださいっっ」

声を張り上げて言い合う二人を、劇場の廊下に居合わせた人々が呆然と見送る。
大都芸能社長とその看板女優の関係が広く知れ渡るようになるのは・・まだ1年以上先の話。



<Fin>



バレンタインシリーズはこれで終了です。
「祝杯」の1年くらい前という設定なので、速水さんにとってはキツい時期かもしれません。
それでもお嬢様との婚約時代から比べれば雲泥の差でしょうけど。

最初から大筋はできていたのですが、まさかここまで時間がかかるとは思いもしませんでした。
足掛け4ヶ月・・。理由は判っているんですけどね、ええ。嫌になるくらいに。
誰かあの嫉妬大将をどうにかしてください(T▽T)

それにしても私が書く速水さんってどうしてこう子供のような我侭者なんでしょう。
マヤの方が返って大人だったりして・・。