With Love −速水真澄− 2
「速水さん、もしかして・・」
動揺する男の顔を覗き込み、マヤは怪訝そうに眉を寄せる。
「欲しかったんですか?チョコレート!」
はぁぁっっ・・・
真澄はマヤの言葉に一気に脱力する。
(この子が鈍いのはよく分かっている・・が、鈍感なのにもほどがあるだろうっ)
呆れて言葉も出ない彼に、どうやらそれを肯定ととったのか、マヤは勘違いをしたまま話を続ける。
「もう、欲しいなら欲しいと最初から言ってくれればいいのに、どうして黙ってるんですか。いつも
思うんですけど、素直に言えないで我慢しちゃうのは速水さんの悪い癖ですよ!?」
胸元にかざした人差し指を小刻みに左右に振りながら説教を始めるマヤ。
「ちっちっ」という諌めの声が聞こえてくるかのようだ。
そんな彼女の的外れな態度に真澄も苛立ちが募っていく。
だいたい、だ。そう、だいたい俺は最初から機嫌が悪かったんだ。
しかしそれをなんとか抑えようと努力していた・・にも関わらず、マヤは勝手に見当違いなところで
憤り、何やら力説をしている。
我慢するのが俺の悪い癖だと?
ああ、分かった。それなら言わせてもらおう。
そもそも怒っていたのは俺の方なんだからな!
『冷静にして的確な判断を下す男』
世間一般の速水真澄という人間の評価は、彼の恋人が係わった場合、得てして当てはまることが
ない。
「愛をこめて」
「え?」
「君の『愛』とやらはずいぶん安っぽいものなんだな。何人もの男に分け与えられるものだとは知らな
かったよ」
むっつりとした表情で含みのある言い方をする真澄。
「それ・・は・・?」
思いもよらない話の転換にマヤは状況を掴めない。
「俺の愛情は君一人にしか注いでいないんだが、どうやら君はそうではないようだ。メッセージを
もらった男の中には、その愛に応えたい奴もいるんじゃないのか?」
「ちょっ・・ちょっと待って、速水さん!誤解です!」
『メッセージ』の一言に彼の言わんとしているところをようやく理解したマヤは慌てて説明をする。
「あれは裏を見てもらえば分かるんですけど、私だけではなくて女性スタッフ皆の連名になってるん
です!他にも7人の名前があれには・・」
「何人だろうと関係ない!」
懸命に言い募るマヤを真澄は一刀両断で切り捨てた。
「7分の1だろうと8分の1だろうと・・君の愛は俺だけのものだろう。違うか?」
横暴にして独占欲に満ちたその言葉。
傍から見れば馬鹿馬鹿しいほどのノロケ話ではあるが、それを受け取るマヤにしてみれば決して
ありがたいものではない。
真澄の皮肉に満ちた言葉の一つ一つがチクチクと心を刺して、まるで針のムシロにいるようである。
「ましてや桜小路になど・・許せないな」
声のトーンが一段階下がる。
気がつくとマヤは壁際へと追い詰められていた。
「何か言いたいことは・・?」
疑問形にこそなってはいるが、それには有無を言わさぬ響きがあった。
真澄の怒りは嫉妬と我侭で彩られた、マヤにしてみれば不当なものである。
しかし常ならば負けじと言い返す彼女も今、それをすることは躊躇われた。
―――本当ならマヤちゃんに話すべきではないんでしょうけど、いくら私が言っても聞き入れてくださ
らないのよ。だから―――
数日前に話した彼の秘書との会話が頭をよぎり、マヤは静かに目を閉じる。
「ごめんなさい・・」
腕の檻に捕らえられた少女はうな垂れて小さく呟いた。
何も答えの返らない、数秒の沈黙。
気まずい雰囲気の中、彼女の頭上に大きなため息が落ちた。
「ただ謝ってもらうだけでは、この酷く傷ついた俺の心が癒されることはないだろうなぁ」
なにやら引っかかりのある物言いに上を向くと、そこには意味深に笑う男の顔。
マヤの口が声にならない声を上げ、その顔は波が寄せるようにサーッと赤く染まる。
「はっ、速水さん!?もしかして・・からかったんですね!」
「からかう?とんでもない。愛しい恋人の心無い行動に、俺がどれほど心を痛めているか分からない
のか?」
「・・・分かりました。速水さんに遊ばれていたということだけは」
ぷっくりと頬を膨らませ顔を背けたマヤを見ながら、真澄は口元に手をあてて苦笑する。
実のところ、彼は本気で怒っていたのだ。
しかしあまりに素直に謝るマヤに、それ以上子供じみた我を張ることもできなかった。
(惚れた弱みというヤツだな)
真澄はおどけた言葉の裏で降伏する。
「もうっ、そんなイジワルをする人にはあげませんからね!」
ふてくされたマヤの言葉に、心当たりのない真澄は疑問を覚える。
「何の話だ?」
「知りません」
「・・そうか。実力行使をしてもいいんだが?」
真澄はマヤの顎に手をかけ自分の方に向かせると、空いた手を彼女の華奢な腰へと回す。
「さぁ、どうする?俺はどちらでもいいぞ」
答えを促す口元が、彼女の鮮やかな紅に触れる瞬間。
「わ、分かりましたからやめてくださいっっ!誰か入ってきたらどうするんですかっ」
マヤは早々に白旗を上げ、力の弱まった彼の腕から逃げ出すと鏡台へとパタパタと走っていく。
(もう少し粘ってくれても良かったんだが・・)
残念に思いながらも、それは今夜の楽しみに上乗せしておくかと早々に割りきることにする。
そんな真澄の不穏な考えも知らずに、マヤは彼の前に立つと一つの箱を差し出した。
それは掌に収まる程の大きさの、赤い包装紙に包まれた小さな箱だった。
書いていてしみじみ感じたのですが・・速水さんの嫉妬は根が深いです。
軽く流すということができません。
特に桜小路が絡むと泥沼一直線です。
小さい頃からさんざん苦労して、ようやく実った恋の相手が独占欲の塊では・・マヤちゃん、つくづく
ハードな人生だわ・・。
|
|