届いた願い  





てるてる坊主てる坊主 あした天気にしておくれ 
いつかの夢の空のように はれたら金の鈴あげよ 




ニュースの天気予報では、明日は「雨のち曇り」の予報だった。
雨滴が流れる夜の窓を見ながら、マヤは溜息をつく。
「せっかく晴れますように‥‥って作ったのに」
窓のカーテンレールに吊るしたてるてる坊主に向かい、自然に口から洩れた。 
7月も半ばを過ぎているとはいえ梅雨の時期だけに少し肌寒く、また窓ガラスを叩く音から、徐々 に雨足が強くなってきたように思う。
でもふたつ寄り添っているてるてる坊主を眺めていると、どこか憂鬱な気分が和らいでくる。
雨が夜の街を濡らし、時折濡れた道路を走る車の音が聞こえてくる。

ホワイトローズ柄の壁時計に、視線を向けると夜の10時を過ぎていた。
この時計は麗から引越し祝いでもらったもので、アンティークの落ち着いた仕上がりがお洒落な
せいか、とてもお気に入りだった。 
マヤは最近10時から11時の間に帰ってくることが多く、毎日天気の移り変わりに気がつかない ほど忙しい日々を送っている。 
今日はいつもより早く眠るつもりでベットに入り、部屋の明かりを消す。
明日は久しぶりに速水さんに会える‥‥。心のなかでカレンダーをめくると最後に会ったのは
1ヶ月前。
話したいこともたくさんあるし、今度出演をすることになった連続ドラマの話も聞いて欲しい、と
あれこれ頭のなかで考えていた。
少しずつうとうとしはじめたとき、インターホンの鳴る音で目が覚めた。
こんな時間に誰かしら‥‥? マヤは胸の内で呟くと不安そうに首を傾ける。
身体を起こしベッドから降りて、リビングへと向う。 
カラーモニターで画面を確認すると、薄暗い廊下に真澄が立っている。 
「どうして‥‥?」 
思わずそんな言葉を零すと咄嗟にパジャマ姿のまま、足早に短い廊下を抜けてドアの鍵を開け た。
仕立てのよい漆黒のタキシードに身を包んだ真澄は、優雅で洗練された雰囲気が漂っており、
心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じる。
深夜の思いがけない訪問にマヤは少し緊張し、また会えた嬉しさに気持ちを躍らせていた。

「すまない、遅い時間に。夕方から出席したパーティーで、君が好きそうなケーキやデザートを
お土産にもらってね」 
渡したら直ぐに帰る、と言った真澄を部屋のなかに招き入れた。 

「あの、散らかっていますけど適当に座って下さい。いまコーヒーをいれますから」 
いつか真澄においしい「ブルーマウンテン」を入れてあげたいと思い、水城から密かに入れ方を
教えてもらっていた。
マヤは水城から言われたことを慎重に思い出しながら、お湯を沸かしドリッパーにフィルターを
セットする。
カップとサーバーを温め、どこかぎこちない手つきで粉の量を計っていた。


セキュリティーの充実したこのマンションを真澄が強く薦めたことで、紅天女の舞台公演が始まる
2週間程前に引っ越してきた。 
閑静な住宅街にある広尾の新築マンションで、12畳ほどのリビングダイニングと8畳の寝室が
ある1LDKの部屋。 
キッチンにはリビングを仕切るカウンターがあり、一脚のカウンターチェアーを置いている。
淡いブルーの生地に刺繍が施しているカーテン、アイボリーのソファ。 
ホワイトのローボードの上に置かれている液晶テレビ。 
また壁にはポスターサイズほどの大きさをした、紅天女の写真が飾られていた。
紅天女の衣に身を包み、口元に微笑みを浮かべたマヤの写真は、ハミル氏に撮影してもらった
数多くの中から真澄が選び、マヤにプレゼントしたものだった。 
舞台が忙しいせいか、どこか生活感が感じられないマヤの部屋を真澄は興味深くゆっくりと見回し ていく。
ふと視界に入ったふたつのてるてる坊主が気になり、窓に近づいていった。
真澄は窓のまえでしばらくじっと立ちつくし、てるてる坊主を眺めていた。 
マヤがキッチンから、香ばしい匂いを漂わせながらコーヒーを運んでくると、窓際で立っている真澄 がちらりとマヤのほうを振り向いた。
一瞬慌てたせいかオーバル形のガラステーブルの上に置くとき、真澄に入れたコーヒーを受け皿 にこぼしてしまう。
何かからかう言葉を言われるかと思い、マヤは頬を赤くして口ごもる。 
「あ、あのね、そのてるてる坊主は、ええと‥‥」

「君が作ったのか‥‥!?癖毛の髪、切れ長の目、そして唇は皮肉げな笑みを浮かべたのは、
どうやら俺みたいだな。 
もうひとつのは、目は大きくくりっとしていて、口元はにっこり笑っているところは、本当に君にそっ
くりだな。ふたつのてるてる坊主よくできているよ」
真澄は満足そうに頷くと、快活な笑顔を浮かべている。 

いろいろと言い訳を思い悩んでいただけに真澄の言葉にマヤは驚き、きょとんとした顔をした。 
大きな目をさらに丸くして、少し考えるように瞬きをする。 

「‥‥てるてる坊主なんか作って、わたしのこと子供だと思っていませんか?」 

「いや、思っていないよ。そっと触れてみると懐かしさと忘れかけていた大切な思い出が、甦って 
くるようだった。 
小学生のとき、母親と遊園地に行く約束をしていたんだ。あいにく夜から雨が降りだして‥‥。
どうしても翌日は晴れて欲しくて、母親と一緒にてるてる坊主を作ったんだ。
いま君が作ったのを見て、あのときのことを思い出したよ。
明日、晴れるといいな‥‥」 
まるで少年のように目を輝かせて、懐かしむように触っていた。 

その瞬間マヤは身体から、力が抜けていくのがわかった。
婚約を解消したことにより、鷹通との事業提携の白紙。大都グループでの役員の降格。 
真澄の立場や多忙さを考えるだけで、胸が締め付けられるようだった。 
いまの自分にできることは、無事に千秋楽を迎えられるように舞台を務めること。 
マヤはその想いを自分に言い聞かせ、今日まで頑張ってきた。 
でも日増しに大きく膨らんでくる真澄への想い‥‥。ひとを愛することがこんなにも苦しくて切ない ことをはじめて知った。

『会いたい。ずっと一緒にいたい。もっとわたしのことを知って欲しい。
 そして何よりも速水さんのことが好きだからこそ、すべてを知りたいと思う』

心の底に押し込め蓋をして隠してきた感情が胸の奥から突き上がってくると 、鼓動が高まる胸に 手を当てて、静かに深呼吸する。
マヤは心のままを言葉にして伝えるために、真澄をみつめた。
「明日会えるのをずっと楽しみにしていたの。少しだけいつもよりお洒落して、速水さんがプレゼン ト してくれた白のワンピースを着ていこうって‥‥。 
梅雨の時期、どうしても明日だけは晴れほしかったから。だから願いを‥‥」
最後の言葉を言う前に真澄に抱き締められた。
 
突然の抱擁で動揺しているマヤに、真澄は軽く息を整えると自分の想いを一息に告げる。
「会いたかった‥‥。何度も夢をみたよ。夢のなかで、君は白のワンピースを着て俺に少しはに
かむように微笑むんだ。でも手を伸ばして触れようとすると、いつもそこで夢から醒める。だから
お土産を口実にして、少しでも早く君に会いたかったんだ」

「速水さん‥‥」 
マヤは嬉しさのあまり、目の縁に薄く涙が滲んでくる。  

短い沈黙の後、真澄はマヤの黒髪を右手で触れた。
しなやかな髪をやさしく撫ぜながら、言葉を慎重に選ぶようにして耳元で囁く。 
「このまま明日までずっと君の傍にいてもいいか‥‥?」 

マヤは戸惑いと不安から緊張の色を浮かべながらも、静かに頷く。 
「わたしも速水さんと一緒にいたいから‥‥」
そして真澄の肩に顔を押し付けると、瞼をそっと閉じた。
しばらく言葉がなくても、互いの体温と熱い鼓動が伝わってくる。 
雨の静寂のなかで、お互いの愛を確かめ心と身体がゆっくりと溶け合うのを感じた。 









仄暗くなった部屋には、ベットサイド側にある出窓から雨音だけが響く。 
雨の音からいままで降り続いた雨は、やや小降りになってきたようだ。
しかし夜空は雨雲に覆われて、月も星も眺めることができない。 



――雨夜の月 



真澄は会えない恋人への想いをあらわすときに、使われるこの台詞を思い出す。 
自分の腕のなかで静かな寝息をたて、あどけない表情で眠り続けているマヤ。 
そばにいてくれるだけで、どんなに安らげるかことか。 
眺めるうちに愛しさが高じ、起こさないようにそっと額にキスをする。
夢のなかにいる幻ではないことを確かめるように、もう一度しっかりとマヤを抱き締めた。
肌の滑らかさと肌と肌との触れ合う感触が心に和らぎを与え、安堵感に包まれながら微睡み
はじめる。 




――ふたつのてるてる坊主のように、仲良く寄り添うようにして
 




 


 




カーテンのわずかな隙間から洩れる朝の日差しを瞼に受け、ふたりは目が覚めた。
きっとカーテンを開ければ、白い光が部屋中に溢れ返ってくるに違いない。 
マヤは顔を輝かせると真澄を見上げ、花のような笑顔で嬉しそうに微笑む。
ふたりは目を見合わせて笑うと朝のキスを交わした。
 


  
『今日の天気は、晴れみたい‥‥』 
  
    
     



<Fin>




moe様コメント

■瑠衣さんの「雲の向こうに願いをこめて」を読みまして、てるてる坊主に様々な願いを込めて一生 懸命に作るマヤの姿が、微笑ましく思えましたv
もし速水さんが、その思いを知ったらどう感じるのか、また明日の天気は、晴れて白いワンピースを 着て会えたのだろうか?・・・とふと続きが気になり、続編を瑠衣さんにお願いをしたところ、逆に
私が続編を書くことになりました(汗)。
今回お付き合いを始めて3ヶ月ということで、2人の関係(!?)も進展しつつ、朝の光のなかで目が 覚めるという話を考えてみました。
本当に拙作でもありながら続編を許可して頂いた瑠衣さんに、とても感謝しております。
 
■くるみんさん
今回拙い文章にイラストを描いていただき、ありがとうございました。
送っていただいたイラストを見ながら、速水さんの大人の雰囲気が漂うなか、タキシード姿で耳元 で囁かれたら・・・とふと妄想(?)しながら書いていましたv
私の大好きな速水さんを描いていただけて、とっても嬉しいです♪
もう素敵で溜息がででしまいますvv くるみんさん、ありがとうです。
校正の件でも何度も書き直しをして、本当にご迷惑をおかけしました。
 
瑠衣さん、くるみんさんどうぞこれからも宜しくお願いします!!
そして拙作を最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。



管理人コメント 

TOPの絵を元に瑠衣さんがお話を書いてくださり、そのまた続編をmoeさんに創作して頂けると は・・・どう転がっていくか分からない、パロというものの面白さを改めて知った思いです。


晴れて欲しいと願う気持ちとは裏腹に降り続く雨。
早めに寝床につき、まどろみ始めたマヤちゃんの耳にインターホンの音が届く。
こんな時間に誰が・・?と疑問に感じつつモニターを見ると、そこに立っていたのはタキシード姿の 速水さん!

眠気も一変に冷めますよね!! しかもタキシードですよ、タキシードォォ(≧▽≦)
王子様の登場でございますっっvvv
それにしても速水さん・・・・「明日」が待ちきれなかったんですねぇ♪

素直に心のうちを語る二人が微笑ましくて、暖かい空気がそこに流れているのを感じます。
瑠衣さんの書かれたふんわりとした世界を引き継ぎ、マヤの、そして速水さんの願いを叶えて
くださったmoeさん。ありがとうございます!
てるてる坊主もにっこりと微笑んでいることでしょうv

挿絵が「優雅で洗練された雰囲気の速水さん」になっているかは甚だ疑問ですが、あまり描く機会 のない姿に、とても楽しく描かせていただきましたvv ええ、もうメインは速水さんですとも(#^^#)