大都タクシー Part 2





大都芸能の速水真澄にとって、今まで仕事が生きるすべてと言っても過言ではなかった。
しかし北島マヤという、ひとりの女優と出会ってから彼の人生は一変した。
彼の周辺は途端に色付き始め、無味乾燥の五感が活発に働き出した。
そう、真澄は彼女に恋をしたのだった。
彼を見るその瞳が、たとえ嫌悪感しか映し出さなくても、
その瞳からもう目を逸らせなくなっていた。
そんな真澄にとり稀有な存在の彼女だが、それを手に入れることは多分どんな仕事より、
困難なことだろう。
彼は目を閉じ、緩やかに進む車の振動に身を任せていた。
今日のスケジュールはこれで終了。後は社に戻り、残務作業が残されているだけ。
時刻は午後九時。
真澄の仕事量とそれに費やす時間は多大で、彼にとってまだ宵の口の時間である。
「あら・・・あれは・・・」
秘書の水城が軽く声を上げた。
「どうした?」
真澄は何気なく車外に目をやる。
そこには今にも歩道からはみ出しそうに歩く、ふたりの女の子。
ひとりはマヤだった。
その足取りは、明らかに酔っていた。
ふらふらと右に左に揺らめきながら歩く。
お互い肩を組み、見かけは女の子なのに、まるでオヤジのような素振り。
「・・・止めてくれ・・・」
真澄は運転手に指示を出し、車から降りると酔っ払い二名を強制連行した。

「まったく、君という子は・・・」
真澄はぶつぶつ文句を言いながら、ふたりの少女を車に乗せた。
「おじゃましっまぁぁすぅ」
彼の隣でにっこり微笑む。
そんなマヤの笑顔に引き込まれそうになる真澄だったが、
我に返り小言の続きが口から飛び出る。
「迂闊なのもいい加減にしないと痛い目をみるぞ。一応は年頃の女の子だろうに」
「あはぁ、ごめんなさいぃ。でも楽しくって、ついつい・・・」
「それにしても、限度というものがある・・・」
「ところでマヤちゃん。彼女は?お友達?」
まだまだ続きそうな真澄の説教を遮るように、水城はマヤに問いかける。
「彼女は草木さんで〜す。あたしの高校の同級生。今日はホント、久し振りだったんですぅ」
「初めまして、草木です。本当に久し振りで懐かしかったもので、飲み過ぎてしまいました」
草木は真澄と水城の、相互に会釈する。
まだマヤよりは酔っ払い度は低いようだ。
「ところでマヤちゃん、こちら・・・どなた?」
真澄に視線が釘付けで、その目はやっぱり酔いどれのそれだった。
「どんな関係の人?」
「う〜ん。なんだろぅ?速水さん?知り合い・・・かな?いやぁ・・・顔見知り?」
マヤは真澄との関係を聞かれ、悩んでいた。
「なんだぁ、私はまたマヤちゃんの彼氏かと思ったわ」
「んなことあるわけないでしょ。太陽が西から昇ってもありえないって」
マヤは手をひらひらさせながら、大笑いする。
そこまで否定しなくても、というようなオーバーアクションだ。
真澄は内心傷付くが、「同感だ」 と相槌を打つ。
「でも・・・ステキなひとじゃない。いいなあ、こんなひとと知り合いなんて」
「ステキィ?う〜ん、分かんないなぁ。
今まで一度も考えた事すらないし・・・水城さんはどう思う?」
行き成りふられた水城は、困惑気味な顔をする。
「大多数の女性がそう言うから・・・そうなんでしょう」
「水城君、君までそんな話に加わるとはな・・・」
真澄は少々、いやかなり不機嫌な様子だった。
遠回しに、何とも思われてないと言われているのと一緒だった。
まだ嫌いだと言われるよりは、マシかもしれないが。
「・・・とにかく、送って行こう。こんな状態じゃ、帰らせることは出来ない」
「わぁ、ありがとうございますぅ。実は帰るの、おっくうになってたんです」
ふたりは声を揃えて、感謝を述べる。
酔っ払いを二名乗せ、大都の社長専用車は夜の街を滑るように走り出した。

「ねえマヤちゃん、聞きたい事があるんだけどぉ」
「なあにぃ〜っ?」
とろんとした目は、もはや酒の為か、眠気がさしているのか分からない。
「マヤちゃんってぇ、彼氏いるの?」
「いない」
即答ですか。真澄も水城も苦笑する。
「どうしてぇ?マヤちゃん可愛いのに、言い寄る男の一人や、二人、いるんじゃないの?」
「いないよぉ〜って言うか、きっといたって気付かないと思う」
「あっ、わかった!!好きな人がいるんだぁ。だから他の男なんて目じゃないと・・・でしょ?」
「うん・・・」
頬を染め、俯くその姿は、決して酒だけのせいではない。
(マヤに好きな男だと?いったい誰なんだ!!)
(マヤちゃんに好きな人ですって?真澄さまの反応が・・・怖い・・・)
水城の予想通り(まぁ予想するまでもないが)真澄は嫉妬、焦燥感、独占欲、ありとあらゆるも のをごちゃ混ぜにした顔で、彼女を見ていた。
(真澄さま・・・お顔、怖いですわ・・・)
水城、思わず心の中で呟いた。
「マヤちゃんのぉ、好きな人って、どんな人?て言うか誰ぇ?知ってる人?」
「やだ〜っ、ヒ・ミ・ツ」
「そんなこと言わないでぇ、お・し・え・て」
酔っ払い二名は、自分達が他人様の車に便乗させてもらっているのをすっかり忘れ、
とんだ暴露大会をやらかそうとしていた。
「じゃぁ、私の彼氏の話するからぁ。いいでしょ?」
「えっ、草木さんでも彼氏いるの?」
考えようによっては、非常に失礼なマヤの言葉。
確かに草木は高校時代、恋愛とは無関係な雰囲気(容姿)だったが、
今はお年頃のせいかメガネをコンタクトに、かなりふくよかだった体も少々スマートに、
それなりに見られるものになっていたが・・・
しかしマヤの言葉など、まったくスルー、念頭にもない。
結局、彼女は彼氏自慢がしたかったのだ。
「私の彼氏、青年実業家で、すっごくカッコイイのぉ。この人ともいい勝負だわぁ」
草木がちらりと真澄を見る。
「あ〜っ、そういえば速水さんってぇ、社長さんですよねぇ、確か。
草木さんの彼とキャラ被ってるぅ」
「うっ、そっ、そうか?」
いきなり二人に振られ、真澄はらしくもなくドギマギし、水城は笑いを堪えている。
「写真あるのよぉ」
「ええ〜っ、見せてぇ」
ちらりと垣間見たその写真には、真澄と年端も変らぬ男の姿が写っていた。
(何処かで見た覚えが・・・)
彼は記憶をたぐり寄せ、ようやくお目当ての人物に当たった。
(そうだ、確か彼はIT関連のベンチャー企業の・・・へ〜っ、彼はこんな女性が好みだったのか)
マヤの方が上だなぁ、と下らないことを考えている間も、
二人の会話はどんどん危ない方向へ・・・
「いやだぁ、やっぱり酔ってるぅ。そんな話するなんてぇ、草木さんたら、だ・い・た・ん」
「そう?でも彼ね、本当に優しいの。初めての私にぃ、手取り足取り。
怖かったけど、安心して任せられたわん・・・」
一瞬、車内の空気が凍る。
(最近の、若い者は・・・)
案外、年寄り臭い真澄、思ったよりイッテル(年が)水城、それに運転手までが心で呟く。
「なにが初めてだったの?」
しれっとした顔でマヤが草木に尋ねる。
車内の凍った空気が、一瞬にして熱風に変る。
「それはねぇ・・・うふっ、マヤちゃんもやってみたらいいのにぃ。
なかなかの快感もあるし、なにより病みつきになっちゃうかも。いい運動にもなるわよぉ」
(きゃ〜っ、何を言い出すの?そんなコト、マヤちゃんに薦めないで!!)
水城は顔面蒼白、真澄に目線を滑らす。
思った通り、先程より一段と殺気走った真澄の姿が、彼女の目に飛び込む。
「ええ〜っ、あたしにも出来るのぉ?教えて、教えて」
「それはね・・・」
「わ〜っ!!チビちゃん、ところで紅天女の試演はどうだ?進んでるのか?」
彼は、慌てて二人の話を遮った。
「・・・なに、いきなり言い出すんですぅ?変な速水さん」
怪訝な顔付きのマヤ。(当然と言えば、当然だが)
「そうよねぇ、マヤちゃん、忙しいもんねぇ、そんなヒマないかぁ・・・
でも試演が終わって落ち着いたら、一緒にしよう。ダイビング」
「ダイビングゥ〜?」
真澄が素っ頓狂な声を上げた。
「そうですよぉ。ダイビング。最初はホントに怖かったんですよぉ」
草木がにっこり笑う。
「そ、そうだね・・・あれは結構楽しいかもしれない、ハマルかもな・・・」
邪まな考えを持ってしまった自分を、深く反省する真澄。
それは水城も、素知らぬ振りをする運転手も一緒だった。
(いつの間に、こんなスレてしまったんだ。純真な心は、何処へいってしまったんだ・・・)
少々センチな気分になる。
しかしそれより気になるのが、マヤに好きな男がいるという事実だった。

「ところでぇ、マヤちゃんの好きな人ってどんな人?」
そんな真澄の心を読んだの如く、草木はマヤににじり寄り、真実を問いただそうとした。
「・・・・・」
マヤは下を向き、なにやらごにょごにょ喋っているが、如何せん声が小さく聞こえない。
「聞こえないよぉ、マヤちゃん。もうこうなったらビシっと言っちゃえ〜!!」
草木はマヤの背中を、ぼんぼん叩くと大きく笑った。
「・・・・・のひと・・・」
「えっ?なに?」
車内の人間が一斉に耳をダンボにし、聞き取りにくい彼女の言葉を一心に聞こうとしていた。
特に真澄は、生唾を飲み込む音を悟られないように心を砕くほど、緊張していた。
マヤは覚悟を決めるように顔を上げると、高らかに言い放った。
「紫のバラのひと!!」
車内の皆がずっこけた瞬間だった。
「あたしが好きなのは紫のバラのひと!!付き合ってもいいと思うのも同じく!!
結婚してもいいなぁと思うのも同じく紫のバラのひと!!」
あまりの声量に耳が痛くなるくらいであった。
「うふっ・・・大スキ・・・」
「あたしの大好きな人・・・」
「あたしの彼になって欲しい・・・なぁ・・・」
声が遠くなったかと思えば、静かに寝息をたてていた。
そう、マヤはしっかりと夢の中に旅立っていたのだった。
(オチはこれですかい?)
自分が自分のライバルだとは・・・
真澄は力なく車のシートに体を預け、肩を落とし、溜息をついた。
ほっとしていいのか悪いのか・・・
ふと見るとマヤの連れの草木も、眠りの淵に落ちていた。
互いにもたれ合い、実に仲良く眠っていた。
そんな姿に、つい笑みがこぼれる・・・ん?しかし・・・
「おい!!チビちゃん!!おい!!起きろ!!」
真澄は慌ててマヤの体を揺さぶり、起こそうとした。
「まっ、真澄さま?」
水城は何事かと身を乗り出す。せっかく眠っているものを起こすなんて・・・
「おい、チビちゃん!!彼女の家はどこだ?君のアパートは分かるが、
彼女の家は分からないんだ!!」
真澄の揺さぶりでも、一向に起きないマヤ。
もう一名の酔っ払いも、すでに熟睡体制。飲んだ後の睡眠は・・・深い・・・
真澄の絶叫とともに、大都の社長専用車は夜の街をひた走る。
彼の苦悩をお供に乗せて・・・




<Fin>



アイリーン様コメント

タイトルは「大都タクシー Part 2」ですが、楽園の「大都タクシー」とはまったく異なるもので す。「酔っ払い・・・」と「大都・・・」を足して2で割ったようなものでして・・・
まあ、“酔っ払いシリーズ”ですか?
でももう二度とこの設定では書かない、いえ書けないですよねぇ(笑)



管理人コメント

アイリーンさんらしいテンポの良いコメディ、大好きですv
お酒にまつわる話と言うのがまた、ご本人を反映しているというか・・(ゴホゴホ)
でも酔っ払いシリーズがこれで終わりなんてもったいなぁぁい!!

そして続きが気になって・・つい書いてしまいました、続編を。
アイリーンさん、快く許可して頂いてありがとうございます!