Decision〜決意〜 2




 自分の心が決まった以上、もう会社を大きくするためとは言え紫織との結婚は できない。先ずは彼女の元に赴き、挙式の延期を申し入れなければ。放ってけば 自分の気持ちなどはお構いなしに事はどんどんと先に進む。後になってからでは 取り返しがつかなくなるのは間違いない。止めて置くなら早い方がいいのだ。真 澄は、自身の見合いから婚約への流れを振り返り、そのことを痛感していた。そこ で鷹宮会長のスケジュールを内密に確認し、その日は自宅に戻らないことを知っ た上で約束も取り付けずに紫織の家を訪れた。
 鷹宮邸の玄関に立ち、気持ちを奮い立たせて呼び鈴を押す。出てきたのは紫織 の乳母を務めていたやせた女性。彼女は乳母の必要がなくなった今も「ばあや」 と呼ばれて紫織の身の回りの世話などを仕事とし、まるで絵巻物の姫君にかしず く女房のように主人が家にいるときには片時も傍を離れないらしい。どこにいても 何をしても一人ではない紫織、なんと幸せな女性だろうか。少女の頃から誰にも 頼らず一人で決め、一人で挑み、一人で乗り越えてきたマヤとの、この違いはど うだろう。そう考えただけで紫織への気持ちは途端に冷たいものへと変わって
行ってしまう自分を自覚せざるを得なかった。
「まぁ、真澄さま!今日は一体どうされたのですか?」
 ばあやの知らせに屋敷の奥から小走りにやってきた紫織。その輝く表情から、 弾む動きから、隠し切れない喜びが真澄の目にもはっきりとわかる。以前ならそ んな様もほほえましく思えたものだった。こんな自分に会えることがそんなに嬉し いのかと。だが今では同じ様子であっても真澄の心には何も芽生えては来ない。 むしろ、自分だけを頼みに生きているとしか思えないその様子が鬱陶しいとさえ 思えるのだ。この人は一体、俺の他には何も楽しみはないのか?と。そんな思い を押し込めて、真澄はただ曖昧に微笑むだけだった。
「さぁさぁ、お嬢さま。こんなところにいつまでも殿方を立たせておいてはいけませ んよ」
 傍らで、嬉しそうに紫織の様子を眺めていた女性がたしなめる。そうだった、と 紫織は気の利かない自分を恥じるように頬を染めた。
「そうですわね、私ったら。ごめんなさい、真澄さま。どうぞおあがり下さい」
 真澄はその言葉をきっかけに、失礼しますと低く呟くと靴を脱ぎ、紫織に案内さ れるままに屋敷の中へと入って行った。その時も、誰も気がつかないのだ。真澄 が紫織に対してはまだ一言も話していないことに。

 通された紫織の部屋が和室でないことに少なからず真澄は驚いた。見合いの 後、正式に結婚へ向けて付き合いたいと申し出てきた彼女に対し、早く返事をし なければと思いつつもマヤを想うとそれもできずにただ愚図愚図としていた頃、一 度だけ彼女の部屋を訪れたことがあったのだ。いつまでもハッキリしない自分に 心を痛めたのだろうか、貧血で倒れた彼女に、自ら選んだ花束とプロポーズの言 葉を携えて出向いたあの時、臥せっていた彼女の部屋は、あれは和室だった。だ が、今通された部屋は明らかに洋室で、見るからに柔らかそうなソファや華奢な テーブルなども置いてある。瓦屋根も重々しい日本建築の邸宅において、そこだ けまるで異空間のようで面食らう真澄だった。
「ここだけ洋室なので驚かれました?祖父が私のために内装をすっかり変えてく れましたの。だって真澄さまのお家は洋風なのでしょう?慣れておいた方がい い、なんて祖父が申しますのよ」
 少し恥ずかしそうに、だが明らかに自慢げに話す紫織。そう言えば彼女の口か ら両親の話を聞いた事はなかった。彼女の話すことはいつも祖父のことばかり だ。鷹宮翁の溺愛ぶりが窺われ、気が重くなる。だが、ここで何も告げずに帰る わけにはいかない。
 紫織は婚約者をソファに座らせ、手伝いの者にお茶の用意をさせたり手製のケ ーキを出したりといそいそと真澄をもてなす。そんな甲斐甲斐しい紫織にも全く心 を動かされることなく、真澄は来訪の目的を果たすべく意を決した。
「紫織さん。今日は大事な話があって来ました」
「まぁ、なんですの?」
 うきうきと真澄の世話を焼く紫織の疑いを知らない表情。婚約をし、挙式の日も すぐそこに控えている、その余裕のせいだろうか。何も知らなければ、そんな姿も 愛らしく見えるのかもしれない。だが彼女は汚い嘘でマヤを貶め、自分とマヤとの 繋がりを一方的に断ったのだ。そのことにすら目をつぶろうとしていた自分に対す る怒りも、今は彼女へと向かってしまう真澄は、苦しげなため息を一つつくと感情 が表に出てしまわないように、冷静に用件を切り出した。
「今月の末に控えている式ですが、延期したいと思っています」
 思いがけない話に、紫織はかなり驚いたようだ。真澄の目にもその驚愕が彼女 の体をガタガタと震わせている様がはっきりと見て取れる。急な話を承諾するは ずもなく、その理由を真澄の口から聞きだそうと涙ながらに問い質す紫織。
「どうしてですの・・・?私が何かお気に触ることをしましたの?なぜ急にそんなこ とを仰るの・・・?」
 勿論これは初めから予想される事態だった。真澄は予め用意していた言い訳 を、ただ静かに彼女に話して聞かせた。
「すみません。あなたのせいではありません。全てぼくのわがままなのですが、 来年、再度の試演を終え、『紅天女』の行く末がはっきりと決まるまでは新しい生 活を始める気にはなれないのです。あなたにも以前話したことがあると思います が、あの『紅天女』は義父にとってもぼくにとっても何よりも大切なものですから」
 今正直に自分の思いを告げることが男らしいやり方だろうとは真澄も思う。だが 紫織の背後に控えているのはあの鷹宮だ。慎重の上にも慎重を期して事を進め て行かねばならないだろう。勿論紫織はそんな言い訳には全く納得がいかない 様子で、本当の理由を教えてと激しく詰め寄ってきた。
「どうしてそんなことを仰るの?とても信じられませんわ!お義父さまはどうか知り ませんが、あなたが大切にしていらっしゃるのは『紅天女』ではなく、北島マヤと か言うあの子供っぽい女優の方ではありませんの!私はこんなにも、心からあな たを愛しておりますのに...!!」
 叫びながら詰め寄る紫織の目からは堪えきれない涙が次々と溢れ出し、彼女 はその涙を拭うことさえしない。以前の真澄なら、深窓の令嬢が涙を浮かべて取 り乱した姿を見ればついほだされるところだろう。日頃慎ましやかな女性が心に 秘めた情熱の何もかもを曝け出して訴えかける姿に、言いようのない切なさを感 じたからだ。それは鉄面皮の「大都芸能社長」の内面で、マヤを求めて猛り狂う 一人の男、「速水真澄」を思い出させるからなのかもしれない。また、そこまで女 性を追い詰めてしまう自分を責めもしていた。常に人と、特に女性とは一定以上 の距離を保ち他者に心を覗かせないと同時に他者の心にも触れずに生きてきた 真澄には、心のままに振舞う相手は苦手と思う反面ある種畏敬の念さえ持ってし まうのだ。そのせいか、紫織に感情をむき出しにして縋りつかれるとつい、言うな りになってきてしまっていた。
 だが今の真澄は、まるで何かから目覚めたように冷静に紫織を見ることが出来 る。この人は結局ただのお嬢様なのだ。生まれながらに金持ちで、生まれながら に美しい。そのくせそんな、誰もがうらやむ恵まれた境遇にさえ満足できていない のだ。欲するものは何であれ、常に人から与えられてきたのだろう。自分で努力 して何かを得たことが、果たしてその人生にあるのかどうか真澄には疑問だっ た。そしてそんな彼女と大企業の令嬢として以外付き合ってくれる人間は、いな かったのではあるまいか。そのことに気がついてしまった彼女の体は、そんな寂 しさの言い訳にどんどん弱くなって行ったのかも知れない。「体が弱いから外には 行けない。外にも行けないから友だちもできない」。彼女の口から何度となく聞い た言葉を思い出す。だが、果たして彼女は本当に心から友だちを求めたことが
あったのか?先天的にも後天的にも、体のどこかに異常があるという話は聞かな い。もしそんなものがあるのなら、見合いの際に聞かされるはずだ。実際知り合っ てからの紫織が医療機関での治療を受けている話は聞かない。そもそもダンスも 躊躇するほどに体の弱い人間がエスコート付きとは言え梅の谷への山道を自力 で歩けるものだろうか。
 正式に婚約をする前、気乗りがせずにずるずるとほうって置く真澄に、泣きなが ら社交辞令はうんざりだと訴えた紫織。だが彼女はそんな境遇から自力で脱する ことさえしなかった。今も大切に扱ってくれる祖父の力にぬくぬくと守られて、望む ものは全て持っているではないか。にも関わらず彼女は、持つものの豊かさよりも 持たないものに憧れうらやみ続ける。そんな風に生きてきたのだろう。真澄の心 が自分にないと知っては、とても我慢が出来なかったのかもしれない。だから卑 怯な真似までしてマヤと真澄との縁を無理矢理断ち切ったのか。真澄のことなど 一切考えもしないその身勝手な振る舞いは、到底彼女の言うように自分を心から 愛してくれているとは思えなかった。どうしてこんな女性と結婚しようと思ったのか 今では全くわからない。
 真澄は深い溜め息と共に、わかってくれないのなら話にならない、とだけ言い残 し、帰すまいとドアの前に立ちふさがる彼女を強引に押し退けて帰ってきてしまっ た。その後、激しく動揺した紫織が寝込んでしまったと彼女の家から連絡が入っ たが、真澄は見舞いの花を一度届けさせただけで、一切機嫌を窺うために近寄っ たりはしなかった。下手な仏心が返って相手の心を残酷に弄ぶことになると、今 更ながら気がついたからだった。

 その一方で真澄は、聖を使って鷹宮の闇について徹底的に調べさせ始めた。ど れほどよく統制のとれた組織であっても、巨大であれば必ずどこかに腐食した部 分があるはずだ。そして、どんなに巧妙に隠したとしても腐った部分からは必ず綻 びが生じる。腐った場所には腐った人間が集まってくるものだ。それは腐肉に群 がるハイエナと何ら変わらない。そこをつつけば、愚かなハイエナ共はもっとうま い汁を吸おうと簡単にこちらに寝返ってくるだろう。そいつらをうまく使えばいい。
 紫織の父は、世界でも一、二を争うとまで言われている大手広告代理店を始め 様々な業種に渡る一大グループの中にあって、わずかに中央テレビを任されてい るに過ぎない。その実権は全て総長である紫織の祖父が握っていることは誰にも 知られるところだ。規模は違えど、大都も匹敵するほどの業種を傘下に入れてい る。世界と日本の差はあるものの、鷹通と大都はよく似た構造を持っていた。どち らも未だに会長職が幅を利かせているワンマン企業である。誰も会長の命令には 逆らえないのだ。だとすれば、義父のしていることをよく見れば自ずと弱点は決
まってくるだろう。真澄は聖に、自由に使える多額の現金を持たせ、その部分を 集中的に調べるように指示した。

 調査は聖に任せた。時間のかかる調査であることはわかっているのだから、後 は彼からの報告が上がってくるのを待つだけだった。真澄は彼を信頼している。 必ずや何かを掴んでくれることだろう。
 紫織の方からはその後何度か泣き言のメールが携帯にもPCのプライベートな アドレスにも入っていた。時には切ない思いを連綿と書き綴った手紙も送られて来 ていたが、真澄はそのどれに対しても、「忙しいのです。すみません」とそっけな い1、2行の短い返事をするだけだった。しびれを切らした紫織が何度か会社に訪 ねて来たが、その度に忙しいから帰ってもらうように水城に頼み、水城は期待を 裏切らずに見事に紫織を引き取らせることに成功していた。何度やって来ても、水 城の鉄壁の守りに阻まれて婚約者に会うことすら出来ない紫織は、諦めたのか いつしか尋ねてくることもなくなっていた。これらの事態は当然彼女の祖父、鷹宮 会長の耳にも入るだろうことは、初めから予想がついていたし、その時には翁が どのような反応をするかと密かに構えていた真澄だった。ちょうど紫織が会社に
訪ねて来なくなったあたりから、自分と紫織との、あるいは自分と鷹宮との様々な 噂話が流れはじめた。噂の出所は鷹宮会長らしく、人から聞いた話では、パー
ティーなどで孫娘の結婚の話を聞かれると真澄について何かと辛辣なことを言っ ているらしい。だが実際には直接真澄に何か言ってくるようなことはなかった。ま だ余裕があるということか?所詮大都芸能、いや、大都グループ程度の企業の 若造が何をしたところでどうということもないと言ったところだろうか。口では言わ ないまでも腹の中では“速水の小僧が”などと見くびっているに違いない。それな らその方がこちらとしては動きやすいと言うものだ。せいぜい甘く見ていてくれ。 真澄は心中でほくそ笑むのだった。

 鷹宮が何も言ってこないのをいいことに真澄はマヤとの時間を存分に楽しんで いた。冬はクリスマスを共に祝い、春には夜桜の妖しい美しさを堪能しにも出かけ た。何しろ、もう紫織に気を遣うつもりはないのだ。その分、時間に自由が生ま れ、その時間は全てマヤに費やした。彼女が稽古に詰まっていると聞けば舞台 に誘い、疲れている様子が見られれば食事に誘う。気晴らしにとドライブに行くこ ともあったし、時には夜景の美しいバーで、共にグラスを傾ける事もあった。そん な時も、冗談交じりにからかうことはあっても、決してマヤを悲しませるようなことを 言わない真澄だった。あの試演の時に聞いた評論家の心無い言葉。明らかに
マヤを傷つけるであろうその言葉が、自分が過去に発したものと何ら変わりない ことに気づいた時に、もう二度と軽々しくひどいことは言わないと決めたのだ。そ のせいかマヤとの時間はいつも楽しく過ぎていき、楽しく過ごすも辛く別れるも自 分次第であることを知った真澄だった。勿論時には今まで通りに互いに辛口を言 い合ったりもしたが、それはむしろじゃれあいのようなものだと、互いの距離を縮 めるのに役立っているとさえ真澄は感じていた。
 義務感から過ごす、紫織との退屈な逢瀬。のろのろと過ぎゆく時間に耐えかね て時には仕事のこと、もっとひどい時にはマヤのことに思考を囚われ、彼女の存 在を忘れることもしばしばだった。それに比べてマヤと会っている時間は夢のよう に過ぎた。楽しかった。マヤと過ごす時はいつも掛け値なしに楽しかった。それは 自分だけではないと真澄は思う。マヤも確かに自分と同じように楽しんでいると感 じられるのだ。ほころぶ花のような笑顔。マヤのこちらを見る目つき。あの目は仇 敵に対する目つきではないはずだ。マヤが時々見せるとても女性らしい可憐な仕 草。一真に愛を語るときの阿古夜は、まさにこのような風情なのではと真澄に思 わせた。まだまだ子供だと思っていたマヤの、初々しい中にも思いがけない大人 びた表情や仕草に、確かな好意を感じるのは気のせいなのだろうか。それを確か めたくて再びマヤとの時間を持ち、その度にまたマヤの仄かに見せる可憐な様に 惑わされ、もっと確かめようと更に時間を重ねていく。二度とマヤを失わない為に はどんなしがらみにも恐れずに立ち向かい、乗り越えていこうと決めた真澄は、そ のせいか、それまでかかっていたフィルターが取り払われたように目の前の現実 を素直に認められるようになっていたのだった。そう。マヤのあの目つき。女性らし い柔らかな微笑み。甘えるようなあの口調。これは間違いなく恋する女性そのも のではないのか。自分と一緒にいる時のマヤの態度を見ていれば恋、とまでは 言わないが憎からず思ってくれていることはほぼ間違いないだろう。真澄は確信 を持ち始めていた。



 一方、調査のため潜伏していた聖から報告が上がってきた。実に8ヶ月もの月 日がかかっていたが、結果はまさに真澄の睨んだ通りだった。「日本政治の黒 幕」、「国会のドン」などと呼ばれ、アメリカはじめ海外にも数人の政友がいる大物 政治家と鷹宮老人との闇の繋がり。それが明らかになったのだ。鷹宮は彼に巨 額の不正な献金を行っており、その金の一部は他の複数の日本の政治家に渡 り、更にはアメリカの上院議員選にも使われていることがわかった。翁は日本の 政治家だけでなくアメリカの政治家をも金で懐柔していたのだ。こんなことが世間 に知られれば大変なスキャンダルになる。政治家達はもとより企業としても鷹宮 にとっては致命的なダメージになるだろう。刑事事件への発展、国会の証人招致 なども避けがたい事態になってくることは疑いない。戦後最大と言われた汚職事 件をも凌ぐであろうスキャンダルは日本だけで収まり切らず、世界的な規模で世 間を騒がせることになるだろう。誰にとっても命取りになる、それほど大変な贈収 賄だ。相当に隠密裏に運ばれているに違いないのだが、額があまりにも大きすぎ た。政治家達にとって鷹宮からの金は所詮他人の物に過ぎない。自分で苦労を して手に入れた金ではできないことだろうが、彼らはその金を派手にばら撒いて いたのだった。自分の懐を痛めない金ほど思い切った使い方ができるものだ。だ がそこが運の尽きだった。高いところから流れる金は下へと行くほど額も少なくな る。そして悪事に関わる者は特に、下へと行くほど野心が強く貪欲な者が多い。 その分信用もおけなくなってくる。ある末端に近い地方の政治家の元秘書がはし たの金に目が眩んで漏らした話は、遡って行くにつれ芋づる式に思いがけない巨 大な贈収賄事件へと発展していったのだった。
 長期の日数と多額の金を使い、苦労して手に入れた情報を元に探し当てた金 の受け渡し場所。そこへ聖は変装して潜り込み、カードタイプのデジタルカメラ、超 小型の高性能カメラ、ICレコーダーなどを装備し隠し撮り、隠し録りに成功した。 元秘書には、出所を辿ることが出来ない多額の金が情報料として渡されていた。 それは潜伏する前に真澄から聖に渡された多額の現金の一部であった。
 カードは出揃った。あとはこの話をいつあの人に切り出すか、だ。早い方がいい だろう。まだ、鷹通と大都は本格的な業務の提携や企業間での折衝などは行っ ていない。全ては結婚後にと、暗黙のうちに進められている話だった。一度は延 期になった式も、あと数ヶ月の後には復活する。今度こそ紅天女の試演の直後に 式を挙げる予定なのだ。もう、モタモタしている時間は無い。真澄は早速行動に 移った。 まず、婚約者の紫織に破談申し入れの手紙を書いて秘書の水城に渡 した。この手紙を婚約者に送ってくれ、と言われさり気なく探りを入れる秘書に、よ うやく自分に素直になることにしたよ、とだけ告げると彼女は何も言わずに承知 し、手紙は即日発送された旨の報告を上げてきた。
 ほどなく鷹宮の秘書から水城の方に鷹宮翁が真澄に会いたがっている、との連 絡が入った。3日後の夜10時、老舗の料亭で待つ、とのことだった。