好敵手 2



2.速水真澄




このビルの最上階だったな。
機械から吐き出される駐車場のチケットを掴み、地下へと車を滑らせる。
「さぁ、着いたぞ」
パタンと車のドアを閉めた。
マヤはこれから目にするであろうデザートの数々を思い浮かべているのか、鼻歌でも歌いそうな機嫌の 良さだ。
「ねぇ、速水さん」
えっ?
どきっとして一瞬体が強張った。
マヤが俺の左腕に自分の両腕を絡ませたのだ。
照れ屋の彼女が今までこんなことをしてきたことはない。
「なんだ」
動揺を隠して、彼女の声に耳を傾ける。

「デザートの美味しい店なんて速水さんの守備範囲じゃないでしょう?
誰からの情報なの?」
俺の顔を覗き込むようにしてマヤが聞く。

「ああ、水城くんだよ。大都の女子社員の口コミ情報らしい。
君が喜ぶだろうからと予約を入れてくれたんだ。
全く、うちの秘書は俺の公私を共に管理する優秀さだよ」

やっぱり!
マヤが手を解き、パチンと叩く。
「そうじゃないかと思ったんだー。さっすが水城さん」

こちらに振り返りながらも足早にエレベーターへ向かう彼女を見ながら、寂しくなった左腕を意識する。
もう離してしまうのか。
レストランへ着くまで腕を組んでいても良かったのに。
そう思ってから、マヤの気まぐれに翻弄されている自分が可笑しくなる。
高校生の恋愛じゃあるまいに。
彼女といると俺のペースは乱れっ放しだ。


店へ着き、予約している旨を店員へ告げ、席へと案内させる。
「今日は無事、千秋楽をつとめあげたお祝いだ。何でも好きなものを頼んでいいぞ」
マヤに言うと彼女は満面の笑顔で答える。
「ホントに?私、遠慮しませんよぉ?いっぱい頼んじゃうから」
「構わん。ただ、他の客の分も少しは残しておけよ?
全部たいらげて恨まれたりしたら適わんからな」
「速水さん、『俺は恨まれるのには慣れている』んでしょ?
そのときは矢面に立っていただきます」
「勘弁してくれ、俺も命は惜しい」
君と一緒にいられるようになってからはな、耳元で囁くとマヤは頬を赤らめた。

マヤを席に座らせ、俺も椅子を引いた時だった。
こちらを凝視する男に気づく。
桜小路・・?
なんだってこんな所にいるんだ。不快に思ったが、ふと考え直す。
見せつけてやるのも悪くないな。

悪戯心が起こった。
今まで奴のおかげでさんざんヤキモキさせられてきたんだ。
多少の意趣返しをしたってよかろう。
劇場での不愉快な出来事に対するピリピリした気持ちがまだ残っていたのかもしれない。


「綺麗・・」
窓一面に広がる夜景は圧倒されるような美しさだった。
どこからが空でどこまでが地上なのか区別ができない。
「今日は星がよく見えますね」
マヤがにっこりと俺に向かって微笑んだ。

思いがけず俺と会えたことが嬉しいのか、マヤは次から次へと話を進める。
くるくると表情を変えて、身振り手振りで表現する彼女を見ているのは飽きない。
他の人間が話せば路上の石ころにも満たない話でも、彼女が話すと極上の宝石へと変化する。

「本当に速水さんが来てくれて助かっちゃった。あの人には参ってたの」
マヤが例のハエについて話を振った。
「自分は絶対にモテるっていう自信があるのか、凄くしつこくって。
確かに見た感じはカッコイイし、女性に対する扱い方や身のこなしも洗練されてて、たいていの人は夢 中になっちゃうんだろうなって思うけど」
あんな男のことを褒めることないだろう!
俺は聞きながらだんだん苛立ってきた。

「でも悪いんだけど、あたしには上っ面ばかりの紛い物に見えた。
だって、本物を知っているから」
マヤは照れながらも俺をじっと見つめる。
参った・・どこでこんな殺し文句を覚えたんだろう。
顔が自然に緩んでくるのを抑えられない。

「もっと早くに対処してやれれば良かったんだが、出張や会議が立て込んでいて、今日しか来ることが できなかった」
すまないと謝ると、マヤが頭を振る。
「ううん、今日来てもらえるなんて本当に思ってなかったし、とても嬉しかった。
それに皆に私達のことをきちんと話してもらえて・・こんなに幸せでいいのかっていうくらい・・」
とろけるような笑みを浮かべるマヤを、思い切り抱きしめたくなってしまう。
幸せなのは俺もだよ、マヤ。
これからはずっとこうして2人で過ごしていけるんだ。


食事が運ばれてきた。
俺は魚料理のコース。マヤはハンバーグとライスだ。
「メインがそれで足りるのか?」
「いいの、今日はデザートにかけてます!!」
そういうものなのか?俺にはよく理解できない。

速水さん、そのお魚、美味しそう。
マヤが物欲しげに言う。
味見してみるか?
俺の一言に嬉々として「いっただっきまーす」と皿から一欠片さらっていく。
「どうだ?」「うん、美味しいー!」
無邪気に笑うマヤ。
背後からじっと見つめる視線には全く気づいていない。

「あれ?このお芋なんだろう?ほっこりしてて美味しい・・」
マヤはそれをもう一つフォークに刺して、味を確かめようとしている。
「どれ・・?」
マヤの腕をとり、フォークごと俺の口へと持っていく。
「うん・・里芋じゃないのか?いい味付けだな」
「速水さんっ、お皿から持っていけばいいのに、どうして私のを持ってっちゃうんですか!
もう、たまに子供っぽいんだからっ」
「君と釣り合いがとれて丁度いいだろう?」

言いながら前方の男の様子を探る。どうやら呆然としているようだ。
可笑しくて笑いが出そうなのをこらえる。


「さぁ、これからが本番!」
食器の下げられたテーブルに、並べられるであろう様々なケーキの類を期待し、マヤが妙に張り切って いる。
しかしよく見ればその顔は一ヶ月前よりもほっそりとしていた。
「マヤ・・」
彼女の左腕を手に取る。やはり少し痩せたようだ。
「いつも言っているだろう?
舞台があるときはしっかり食事をとらなければもたないぞ」
「・・ごめんなさい。演技のことを考え始めると、つい後回しになっちゃって」

俺は彼女の手首の細さを確認し、指の一本一本をなぞる。
「あまり無理はしないでくれ。
君がどれだけ演技に集中するかはわかっているつもりだが、それで身体を壊したりしたら俺の身が持た ない」
「はい」マヤが頷く。

彼女待望のデザートが運ばれてきたため、俺は腕を離した。
そして、さっきから掴みかからんばかりに睨んでいた男へと視線を向ける。

「そろそろ煙草が恋しくなってきたな。
ここは禁煙席だから我慢していたが・・一服してきていいか?」
どうぞ、と返すマヤの心は色とりどりのケーキやパフェに向かっている。

そろそろ引導を渡すとするか。
俺は奴のいるテーブルへと足を向けた。