心の寄り辺 5



やっぱり電車一本、乗り遅れちゃった。
駅からスタジオまで、歩いて15分程の距離を全速力で走る。
今日は夜中に目が覚めて、その後なかなか眠れなかったのだ。
明け方にウトウトとし始めて、目が覚めたときには起床時間がとっくに過ぎていた。

「おはようございまーす!」
受付から顔を出した事務の叔父さんに挨拶をする。
「おはよう、マヤさん。お待ちかねですよ。」
「はーーい」

黒沼先生、怒ってるかな。
・・・怒ってるんだろうなぁ。
皆を待たせちゃってるんだから。

稽古場のドアを勢いよく開ける。
「おはようございますっ!遅くなってすみません!!」



・・人は思いがけないことに出合うと、頭の中が真っ白になるって本当なんだ・・
ドアを開けたとたん、私の思考は停止した。

だって、そこで待っているはずの人達は、誰一人としていなかったのだから。
ただ一人、椅子に座って台本に目を通しているのは。


「速水さん・・」

「ずいぶん遅い出勤だな。待ちかねたぞ、ちびちゃん」
彼は言いながら席を立ち、私の方へと歩いてくる。


一体何がどうなっているんだろう。
実はこれは夢で、私はまだ布団の中でまどろんでいるのかな。
速水さんに会いたいと思う気持ちが見せる、幸せな夢・・。


「今日は黒沼さんが腹痛で寝込んでいて、稽古は中止だそうだ。
君の同居人に伝えてくれと頼まれてな」
「麗に・・?」

ふふっと笑いが込み上げる。
速水さんが麗に頼まれて私に会いに来るなんて。
あまりにも突拍子のない夢。

「ちびちゃん?聞いているのか?」
「え・・ええ。おかしな夢だな、と思って」
「夢?」
「だって、速水さんが私に会いに来るなんてあるわけない・・」

彼は頭を一振りすると、大仰に溜息をついた。


「せっかく一大決心をしてきたんだ。
これが夢では堪らんな」


そして私は大きな、暖かい温もりの中に包まれた。



<Fin>




マヤにとっては夢の続きのような展開でしょう。
いきなり速水さんが現れて抱擁では・・・(^_^;)